No.36 「トール ―雷の神は農民人気が高いヒーロー」

榎本海月の連載

雷の神は農民人気が高い

トールは北欧神話に登場する雷神である。アメリカンコミックに「マイティ・ソー(ソーはトールの英語読み)」として本人がそのまま出てきて、彼が主役の映画もあるので、知っている人も多いだろう。
トールはアース神族の一柱だ。ということは前回も紹介した通り、オーディンの子供ということになる。その中でもトールは人気がある。木曜日を示す「サーズデイ」が「トールの日」の意味を持つ言葉として残るくらい、古くから親しまれていた。
これは北欧神話随一の力持ちである彼が戦士として親しまれていたせい……というよりは、トールが雷神、天候神であることに起因すると考えられる。前近代社会は圧倒的多数の食糧生産者(農民や漁民など)で構成される。彼らの仕事は天候によって大きく左右されてしまう。また、畑に雷が落ちると実りが良くなる(これは現代科学でも証明されている)こともよく知られていた。そのため、トールは農民の神として愛され、人気があったのだ。
人気があるトールは、自然と神話での活躍も多くなる。数々の巨人を倒し、冒険を繰り広げた。オーディンやロキと共に旅をしたこともある。武器としては投げて使えば必ず敵を打ち倒すというハンマー・ミョルニルが有名だが、そのハンマーを用いるための鉄製の手袋と、締めることで力を倍にする帯もまた、彼を語るのに欠かせない。
そんなトールはラグナロクにおいてはミドガルズオルムと呼ばれる巨大な蛇と戦い、その毒で命を落とす。

ヒーローのプロフィール

トールはヒーローである。今でもアメコミで現役のヒーローとして活躍しているあたり、間違いない。しかし、そんな英雄神が実は農民に信仰された神であり、必ずしも戦士たちにとって直接の神ではないところに面白みがある。
北欧の人々は、自分たちにとって親しみのある神に英雄であることを求め、だからこそ北欧神話における数々のトールの冒険が絵かれたのではないか。戦士の守護者ばかりが英雄ではない、と考えると、神のキャラクター性を考えるときにも視野が広がるのではないだろうか。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

タイトルとURLをコピーしました