伝令の神の魔杖
ケリュケイオン(ギリシャ語ではカドゥケウス)はギリシャ神話の伝令の神、前回紹介したハルパーの持ち主でもあるヘルメスが持っていたとされる杖だ。
この杖の最大の特徴は、二匹の蛇が二重螺旋の形を取って巻き付いていること。また、先端には翼があり、これはヘルメスの象徴である。また、本来は「牛追いの黄金の杖」であったともいう。
ケリュケイオンはもともと光明神アポロンのものであった。しかし、アポロンはヘルメスが発明した葦笛(竪琴であるとも)に魅了され、これと交換でケリュケイオンに渡してしまった。以後、この杖はヘルメスのものとなったのである。
ケリュケイオンをめぐってはさまざまな魔力・能力の話がある。たとえば、持ち主を魔法的に守護する力である。ヘルメスは伝令として天、地、そしてあの世を飛び回ったが、そんなことが可能だったのもケリュケイオンの力であったのかもしれない。また、ケリュケイオンには人を眠らせ、あるいはあの世へ連れていく力もあった(眠りと死が近しいものである、というのはよくみられる考え方だ)。
さらに後世、ヘルメスが「ヘルメス=トリスメギストス」となり、錬金術を司る神として崇拝されるようになると、ケリュケイオンは「対立する二つのものを融合させるシンボル」とみなされるようになったのだった。
アスクレピオスの杖
ヘルメスのケリュケイオンとしばしば混同される杖があるのをご存知だろうか。それは同じギリシャ神話の神、アスクレピオスの杖である。こちらは一匹の杖が巻き付いている。蛇が作る螺旋の形が魔法的・超自然的な力を示していること、蛇が大地の力の象徴であることなどから、いわば同じ発想の帰結として似たデザインになったわけだ。
結果、本来は医療とは関係のない存在であるヘルメスのケリュケイオンも、アスクレピオスの杖と同じように医者・医療のシンボルとして使われてしまうことがある。ちょっとおかしい話だが、デザインとしてかっこいいので細かいことは気にせず採用されるのかもしれない。

【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。