多様な顔を持つ処女神
アルテミスはアポロンと双子で生まれたギリシャの神だ。若く美しい美女であったという。
彼女はプレイボーイのアポロンに対して、彼女は処女神として知られている。父ゼウスの節操の無さや、その妻ヘラの嫉妬を見て、男女の関係に振り回されることは愚かだと思ったのかもしれない。父の許可を得て一生を独身で過ごすことにした彼女は、同じ誓いを立てたニンフ(妖精)とともに野山で暮らし、獣を飼って過ごしたという。そのため、狩人の守護者でもある。
ところが、アルテミスは別に人間たちみなに独身でいろとは語っていない。むしろルーツからして豊穣の神であり、多産を推奨する神だと考えられていた。一方で彼女の矢は産褥に苦しむ女性に穏やかな死をもたらすものだともいい、このあたりに古代の出産が命がけの一大事業であり、それを守護してくれる神を人々が求めていたことが現れているといえよう。
アルテミスには月の女神というイメージを持つ人が多いだろう。しかしこれはアポロンが太陽神ヘリオスと同一視されたように、アルテミスもまた月の女神セレネと混同されたことから来たようで、どちらかといえば後付のイメージであるようだ。
彼女の古い信仰をたどってみると、野獣の女神、恐ろしい存在、生贄を要求するもの……というイメージが見いだせる。人間たちが山々や深い森、そこに住まう野獣たちに持つ恐れが投影された存在だったのだろうか。日本においても山の神に嫉妬深い女性のイメージを見出すことがあり、近しいところがあるのかも知れない。
どの顔を見出すか
アルテミスのイメージはかくも複雑なので、その中の一側面を取り出してみると物語的には使いやすいかも知れない。狩人を導くもの、野獣の象徴、女性の守護者……という具合である。もちろん、あなたなりに古代の人々がアルテミスに見出そうとしたものを解釈しても構わない。

【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。