東の彼方にキリスト教国あり
大航海時代。ヨーロッパから数々の船乗りが世界に向けて漕ぎ出し、無数の発見をして、多くの価値ある品を持ち帰った時代である。この大航海時代の始まりについては、さまざまな動機があった。香辛料、黄金、未知への好奇心――そして「東方のキリスト教国家、プレスター・ジョンの国」だ。
ヨーロッパ諸国は中東のイスラム教国家と戦い続けていたのだが、その戦いで心強い味方になってくれるはずの国があると信じられ、それを探してたびたび冒険が行われたのである。
その国は「プレスター・ジョン」という王によって築かれたとされ、国教はネストリウス派(異端とされた宗派。東方で広く信仰され、中国では景教と呼ばれた)。ペルシャやアルメニアより東に大きな領土を持ち、一度はエルサレム奪還のために兵をあげたこともあったとされる。
あるものはプレスター・ジョンはインドの王だといい、あるものはモンゴルの有力者だという。かのチンギス=ハンに比定するものさえいたという。のちに、アフリカのエチオピア王国がキリスト教を信仰していることから、これこそがプレスター・ジョンの国ではないかと考えられた。
結局、プレスター・ジョンの国は見つからなかった。おそらく、ぴったり該当する国はなかったのだろう。対イスラム教戦争において味方が欲しかったという願望に、ネストリウス派やエチオピアの存在が結びついて生まれた幻の国、幻の王だったのではないか。
願望が生み出した幻の国王
「遥か彼方に自分たちに味方になってくれる偉大な王と国家がある」――これは非常に魅力的な伝説であり、未知の領域へ漕ぎ出していく原動力になる。史実を調べてみればプレスター・ジョンの王国のように「ただの伝説、勘違い、願望の反映」というケースが多い。
しかし物語の中ではもっと踏み込んでもいいだろう。例えば、何者かが意図的に流した噂であったなら?(その張本人の名前こそがプレスター・ジョンなのか?) あるいは、プレスター・ジョン的な存在が本当にいたらどんなことになるのか?

【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。