心中イコール複数自殺ではなかった?
現在、心中は複数人が自殺することを指す言葉になっている。しかし、元々の意味は違った。
本来は「心の誠」を指す言葉であったのが、その心中=心の誠を表すため、同性愛カップルや遊郭の客と遊女の間で行われるさまざまなこと――髪を切ったり、刺青を入れたり――を指して「心中」と呼ぶようになったのである。このような言葉の変化は他にもよく見られ、例えば携帯電話を略して「携帯」と呼んだのがよく似ているといえよう。
この各種の心中の中で究極と見られたのが心中死、つまり死によって愛を証明する行為であり、ついには「心中」がイコール「愛し合うものが心の誠を示すための死」を示す言葉になったのだ。さらにこの言葉は展開し、親子や一家の自殺も「心中」と呼ぶようになった。
一口に心中と言っても
心中をテーマにした作品は昔から人気がある。江戸時代にも「心中もの」と呼ばれる作品群が浄瑠璃や歌舞伎などで数多く作られ、瓦版(新聞)の題材にもなった。幕府はわざわざ心中をテーマにした演目を上演することを禁止しなければいけなかったほどだから、相当だ。
実際、「愛を示すための究極の手段としての死」「身分違いなどの理由で愛を全うできない二人がそれでも愛を貫くための死」などと言われると、それだけでドラマチックに感じられるものである。
ただ、心中のあり方にもさまざまなバリエーションがあることはきちんと押さえておくべきだろう。心中するつもりだったが、片方が生き残ってしまったというケースもある。死ねなかった人は「自分が相手を殺してしまった」ように感じるだろうか。置いていかれた悲しみを背負ってこの先を生きるのだろうか。あるいは、内心喜んでいる可能性もなくはない――しつこくいいよって来る相手と心中すると見せて、相手だけ殺してしまうわけだ。
また、心中は本当に心を揃えての死ではない可能性もある。無理心中、すなわち望まない相手と一緒に死のうとするケースも相当あるからだ。どうしてそんなことをしようとしたのか、これに巻き込まれた人はどうなるのか。ここにもドラマを作る余地がありそうだ。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。