No. 8「フルンティング」―ガッカリ魔剣?

榎本海月の連載

怪物を倒せなかった魔剣

フルンティングは中世ヨーロッパの物語『ベーオウルフ』に登場する魔剣である。英雄ベーオウルフが振るった剣で、倒した相手の血を吸うことでより硬くなる力を持っていたという。
……こう書くと、フルンティングはさぞ物語の中で華々しく活躍したと思うだろう。しかし、実際は違った。作中のフルンティングはかなりガッカリな扱われ方をされてしまった魔剣なのである。
フルンティングは物語の前半、ベーオウルフによる女巨人退治のエピソードに登場する。ベーオウルフは女巨人の子供を倒してしまったが故、王の命で女巨人も退治せざるを得なくなる。そこで王の重臣が彼に貸し与えた魔剣こそ、フルンティングだ。
ベーオウルフはさっそく女巨人のねぐらを見つけ、殴り込みをかける。フルンティングが唸りを上げ、刃が女巨人に叩き込まれる。――ところが、巨人の皮膚は異常に硬く、びくともしない。ついに諦めたベーオウルフは素手で巨人に挑みかかり、組み伏せてしまったのだ。最後に首を斬ってトドメを刺したのだが、このとき用いたのもフルンティングではなく、巨人のねぐらにあった巨大な剣だ(首を斬る時に溶けてしまい、残ったのは柄だけとも)。
こうしてベーオウルフは困難な敵に勝利したのだが、目立ったのは巨人の剣である。フルンティングの立場がない。

魔剣はなぜ役に立たないのか

どうしてフルンティングは役に立たなかったのだろうか。色々な考え方をすることができる。
物語的には「すごい魔剣をもってしまても倒せない相手」ということでピンチを演出してからの「そんな巨人をも組み伏せるベーオウルフの腕力すごい」という盛り上げがしたかったのかもしれない。
あるいは、「フルンティングは血を吸えば強くなるから戦場など多数相手には強いが、女巨人のような強い単体相手には弱い」というゲーム的な事情があったとするのも面白いだろう。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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