親から受け継いだグラム
前回紹介したエクスカリバーは「一つの名前で呼ばれる複数の武器が存在する」ケースだった。それに対して今回は「おそらく一つの同じ武器なのに、名前や事情に複数のバリエーションがある」ケースを紹介したい。シグルド(ジークフリート)が用いた剣、グラム(バルムンク、ノートゥング)である。
『レギンの歌』では、シグルドはドワーフ(ドヴェルグ)のレギンが作り上げた鉄をも断つ剣グラムを持っていた。一方、『ヴォルスンガ・サガ』や『シグルドリーヴァの歌』に登場するグラムは、林檎の木に刺さった剣として登場する。名だたる勇士が引き抜くことに失敗するが、シグルドの父シグムンドが見事に手に入れる。しかしシグムンドは戦場で謎の老人の槍によって剣を折られ、後に討ち死にする。この折れた剣を鍛治師のレギンが打ち直し、シグムンドの子シグルドが手にして邪竜ファーヴニルを倒す……というわけだ。なお、剣を木に刺したのも、槍で剣を破壊したのも、北欧神話の最高神オーディンであるという。
ドイツ版のグラム
『ニーベルンゲンの歌』をはじめとするドイツの伝説や物語では、シグルドはジークフリート、グラムは黄金の柄と青い宝石が特徴的なバルムンクとして登場した。これはもともとニーベルンゲン族という人々のものだったが、ジークフリートが彼らと戦ってこの剣を手に入れている。龍退治に使われているため、ドラゴンスレイヤーとしての属性はグラムから引き継いでいると考えていいだろう。
同じドイツの話でも『ニーベルングの指輪』では、ジークフリートの剣は「危難」の意味を持つノートゥングである。その物語はグラムとほぼ同じだが、一度は折られたオーディンの槍に対してリベンジを成功させ、逆に破壊しかけているあたりに、神さえも絶対の存在ではないという近代的な考え方を見る向きもあって、興味深い。

【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。