No.98 「カサンドラ ―予言者は嫌われる?」

榎本海月の連載

予言者も大変だ

「予言者郷里に容れられず」ということわざをご存知だろうか。先を見通す予言の力を持つものは恐れられ、憎まれるなどして人々に受け入れてもらえない、という意味である。それだけ未来を見る力を持つのは異質なことであり、また悪い未来を予言すると人々の憎しみを一身に受けてしまう、ということでもあるのだろう。今回からしばらくは彼ら予言者を紹介する。

トロイヤ戦争と予言者

さて、人々から嫌われた予言者の代表格といえば、まずはギリシャ神話のトロイヤ戦争をめぐる物語に登場するカサンドラの名前が挙がる。彼女はトロイヤの王女であり、戦争が始まる前からトロイヤの滅亡を予言した。しかし人々は誰もカサンドラのいうことを信じず、狂人として扱った。果たせるかな予言は実現し、長い戦争の果てにトロイヤは滅んだ。
落城の日、カサンドラはアテナの像に縋り付いて救いを求めたが、神の救いはなかった(そもそもアテナはこの戦争においてトロイヤの敵側についていたので、救いを望むのは無理があったのだろう)。カサンドラは敵方の英雄のひとり、小アイアスによってはずかしめを受け、さらに武将アガメムノンの側室として連れ去られた。それでも子をふたりもうけたからそれなりに遇されたはずだが、最後にはアガメムノンや彼との間にできた子供たちごと、アガメムノンの妻と愛人によって殺されてしまう。
カサンドラはどうしてこのような目にあったのか。また、なぜ彼女の予言は誰にも信じてもらえなかったのか。その原因は神の呪いにあった。実はカサンドラの予言の力は、予言の神アポロンに求愛された時にもらったものだったのだが、未来が見えるようになってアポロンとの別れを知ってしまったカサンドラは、神からの愛を拒んでしまったのである。これに憤ったアポロンはカサンドラの予言を誰も信じぬようにしてしまい、トロイヤの悲劇につながったわけだ。
未来が見えることは人を幸福にしないという話の見本のようなエピソードで、皆さんが未来予知者を描くにあたっても大いに参考になるはずだ。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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