No.96 「モードレッド ―父を殺した反逆者」

榎本海月の連載

ブリテンに破滅をもたらす

モードレッドはここまで何度も触れてきた通り、アーサーと異母姉モルゴースとの間に生まれた禁断の子であり、円卓とブリテンを破滅させた人物である。しかし、彼も最初から父に逆らい、反乱しようとしていたわけではない。事情があったのだ。
そもそもモードレッドが誕生した時、魔術師マーリンは破滅の未来を予言したが、どの赤ん坊が原因になるかわからなかった。そこで同じ日に生まれた子を全て断崖絶壁に投げ込んで殺そうとしたが、ひとりだけ木々に助けられて死ななかった子がいる。それがモードレッドだ。
その後、モードレッドはアーサーの子として認められ、騎士にもなれたが、扱いとしてはあくまで庶子である。アーサーの跡を継ぐ存在とは見られていなかった。このような立場で若者の精神が歪まないはずがない。母・モルゴースも彼にアーサーへの叛意を吹き込んだであろう。しかもその母が兄のガヘリスによって殺されたのだから、いよいよモードレッドは歪んだ。そして歪みの果てに、父の玉座を狙おうと決意したのである。
モードレッドは聖杯探索の中で邪魔になりそうな円卓の騎士を密かに殺害し、また兄・アグラヴェインと共にランスロットとグィネヴィアの不倫を暴いた。アグラヴェインはこの時に殺されているが、モードレッドは生き残った。そして、アーサーとガウェインがフランスのランスロットを攻めている間に外部勢力を味方につけてブリテンを掌握し、反旗を翻したのである。慌てて戻ってきた兄ガウェインを殺したのもモードレッドだった。
ただ、ことここに至ってモードレッドは虚しさも感じたらしい。彼の本来の望みはアーサーの後継ぎとして認められることであって、父を殺すことではなかったからだ。そこで和睦を試みるが、その交渉中にある騎士が毒蛇に驚いて武器を抜いてしまった(悪魔と同一視されがちな蛇が台無しにするのはキリスト教的文脈であろう)ことでおじゃんになった。かくしてモードレッドは父と相打ちになり、ブリテンは破滅したのである。

破滅する悪役

破滅する悪役を描きたいなら、モードレッドほどのお手本はそうそうない。彼は生まれついての悪人ではなかった。不義の子、庶子、という状況が彼を追い込んだのである。しかし一方で、彼は途中でいくらでも止まるチャンスがあったはずだ。そこで止まれなかったのは彼自身の問題でもある。「環境」と「自分の意思」の両方の要素を用意すると、敵役としてのリアリティが出るのだ。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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