白鳥の騎士
聖杯探索をめぐる物語は、パーシバルあるいはガラハッドほかの円卓の騎士が聖杯を見出し、漁夫王を救って終わる。しかし、人々は英雄物語の「その後」を求めるものだ。そうして作られたもののひとつが(パーシバルが聖杯を得たバージョンの物語の続きとしての)白鳥の騎士ローエングリンの物語である。これは羽衣物語的なエッセンスを持ちつつ、現代的なヒーローのニュアンスも感じさせるエピソードだ。
ローエングリンはパーシバルの息子である。パーシバルには二人の子がいて、弟が世俗の領主としての義務を継承し、兄のローエングリンは聖杯騎士として、聖杯とカーボネック城を守ることを役目とされた。そんな彼が活躍するエピソードこそ「白鳥の騎士」の物語である。
物語はある土地の領主を務める貴婦人エルザが悪徳貴族とその妻である魔女の陰謀にはめられ、弟殺しの罪(実際には弟は魔女に白鳥へ変えられてしまった)を着せられたところから始める。そこに白鳥と共に現れたのが、聖杯の意思によって悪を罰すべく派遣されたローエングリンだ。
彼は彼女に代わって決闘に立ち、勝利することで潔白を証明し、しかもエルザに求婚する。ローエングリンにすっかり惚れ込んだエルザは喜んで承諾するが、この求婚には奇妙な条件がついていた。ローエングリンの正体や素性を尋ねてはいけない、というのである。
これはローエングリンが聖杯騎士として、どちらかといえば超常的な存在であることに理由があった。彼が地上の人間であるエルザを結ばれるためには、「正体を尋ねない」という試練にエルザが耐える必要があったのだ。
そして、エルザは試練に負けてしまった。魔女がことあるごとに悪意ある噂を囁いて不信を植え付けたのも原因だったが、ともあれついにエルザはローエングリンの正体を聞いてしまったのである。ローエングリンは大いに悲しんだが、もう仕方がない。彼は悪徳貴族を殺し、全てを話して姿を消した。ところが、悲しむエルザのもとに弟が現れる。密かに保護されていた彼は、カーボネック城で騎士としての訓練を積み、戻ってきたのだ。陰謀が破れた魔女は憤死し、エルザはローエングリンを思いながら日々を過ごしたという。
典型的な物語として
理想的なイケメンヒーロー、魔女の陰謀、神(聖杯の意思は神の意思である)による人々の救い、「禁止事項(タブー)」展開……という具合で、定番展開満載であることが、白鳥騎士の物語の特徴だ。いつの時代も人々はこういう話が、そしてこういうヒーローが好きなのである。

【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。