No.84 「ベイリン ―聖杯探索の始まり」

榎本海月の連載

悲劇を作り出した騎士

ベイリンはアーサー王に仕えた騎士である。彼は非常に勇猛で、ブリテン統一を目指すアーサーを大いに助けた。しかし、ベイリンは基本的に円卓の騎士には数えられない。なぜなら、彼は物語の序盤で退場し、円卓につくことはなかったからだ。ベイリンの物語は悲劇に包まれているが、しかしそれは後の聖杯探索と、聖杯を得る理想の騎士ガラハッドの登場を示す伏線でもある。
ベイリンはそもそも激情家で、何かと問題を起こしがちな人物であったようだ。悲劇の始まりになった事件の際もそうだった。この頃、彼は罪を犯してアーサー王の宮廷から追放されていたのだが、どの騎士も果たせなかった試練(ある乙女が持ち込んだ「最高の騎士にしか抜けない剣」を抜けるか?)が提示されたと知るや宮廷に飛び込み、剣を抜いてしまった。試練を果たせば王から評価される、と思い込んだのである。乙女は「その剣を持つものには災いが起こる」として剣を返すように求めたがベイリンは拒否し、乙女は去った。
すると間も無く本当に災いが起きた。続いて別の女性がやって来て「剣を持って来た乙女か、剣を抜いたものの首をよこせ」と言った時、ベイリンはある事情からカッとなって後から来た女性を斬り殺してしまったのだ。実はこの後から来た女性は、アーサー王にエクスカリバーを与えた人物だったので、ベイリンは王の怒りを買ってしまった。後から事情(=後から来た女性はベイリンの母親の仇でもあった)を話したがもう遅い……。
以後、ベイリンは元々の剣とこのとき得た剣の二本を振るう双剣の騎士として各地を放浪しつつ、どうにかアーサーに赦してもらうべく努力する。ところが、そのせいでさらなる悲劇を招いてしまう。彼はアーサーに敵対した騎士を追って、聖杯と聖槍を持つペラム王の城に潜入し、どうにかターゲットの騎士を倒す。ところが、これは城の掟に違反する振る舞いであったのでペラム王に襲われてしまい、ベイリンは咄嗟に手に取った聖槍で王を刺す。このせいで城と土地は崩壊し、聖杯も失われる。ベイリンはまた悲劇を起こしてしまったのだ。
やがてベイリンにも最期の日がやってきた。彼は旅の果てに正体不明の黒騎士と相打ちになって果てる。だがその黒騎士の正体は彼の弟のベイランであった。ベイリンは剣の呪いに導かれるまま、ついに兄弟の相討ちによって悲劇に満ちた人生を終えたのだ。

激情と傲慢が故に

ベイリンは物語の中で呪いによって破滅した騎士として描かれる。しかし、そもそも彼を呪いに導いたのはおそらくもともと持っていた激情や頑固さ、つまり彼固有の弱点であるのだ。その後に陥った数々の悲劇も、結局は彼が冷静に、理性的に振る舞っていれば回避できたものが多いように思える。
また、ベイリンのエピソードでは本来資格のないものに手を出す愚かさも強調されている。最初に抜いた剣は「抜けはするが資格がない」もので、聖槍も彼には持つ資格がないから悲劇を生んだというわけだ。
ただ個人としては愚かであっても、ドラマが始まるきっかけとしてベイリンはのような存在は有用だ。彼がかき混ぜて混沌とした状況の中から、幾つもの物語が生まれていく……つまり、失われた聖杯を探す聖杯探索だ。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

タイトルとURLをコピーしました