No.83 「マーリン ―破滅を受け入れた魔法使い」

榎本海月の連載

偉大な魔法使い、予言者

マーリンほど有名な魔法使いは他にいないかもしれない。あとは『指輪物語』のガンダルフか、ハリー・ポッターか……世界的な知名度を誇り、魔法使いのアイコンとも言える人物がマーリンである。
マーリンの物語は、アーサーより3代前のブリテン王が計画した大事業から始まる。王は巨大な塔を作ろうとしたが、立てても立てても地面が崩れてしまう。そこで魔法使いたちに助言を求めたところ、「父親のいない少年を生贄に捧げろ」と言う。連れてこられたのがマーリンだった。彼は夢魔と人間の娘の間に生まれたので、父親はいなかった。生贄に捧げられそうになったマーリンだが、塔が立たない理由(地下に池があり、ドラゴンが眠っている)を言い当てたので命は救われた。
そして以後、マーリンはブリテン王に信頼される予言者となり、アーサー王誕生のほか数々の業績をなしていくのである。アーサーの偉業もマーリンなしでは成就しなかっただろう。
ところが、マーリンの姿はやがてアーサー王伝説か消えてしまう。妖精ニムエに恋焦がれるあまり、自らを封じるための場所と呪文(危険の森の地下洞窟)を彼女に教えてしまい、封印されてしまうのだ。
こうして予言者を失ったアーサー王と円卓の騎士は、やがて分裂して滅びることになる……。

時代の変わり目に

マーリンはケルトの伝統的な呪術を継承したドルイドらのシンボル的な存在である。モデルになった人物もいたと考えられている。その彼が物語から退場し、一方でキリスト教的な「聖杯」の物語が中心に座る。アーサー王伝説のこの変化はイギリスと言う国が辿った変化そのものだろう。古い文化の代わりに、新しい文化が受け入れられていくのだ。
未来を見通す予言者でありながら自らの破滅を甘受したマーリンは、時代の変化そのものを読み取り、受け入れたのかもしれない……とは言いつつこのマーリン、封印されたはずなのに後世の伝説や物語にもたびたび出てくる。やはり食えない男であるようだ。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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