No.69 「セト」

榎本海月の連載

エジプト神話のやられ役だが……

セトは暴風や軍隊、砂漠を司るエジプト神話の神である。ロバのような動物の神であるとされるが具体的に何の動物なのかはわからない。ロバはもちろん、豚やカバにも変身したという。また「外国の主人」とも呼ばれ、エジプトに住んでいたアジア人にも信仰されていた。
ここまで見てきた通り、神話における彼は基本的にやられ役だ。兄オシリスを殺し、イシスとホルスに倒されるのが彼の役目である。結果、セトは邪神としてエジプト神話に位置付けられることになる。
ところが、神々の間におけるセトの立場は別に貶められてはいないのである。戦いが立派だったから……というわけではないようだ。
実際、ホルスとセトの裁判の物語で、セトは神々の前でかなり無様に敗北してしまっている。争いの中には「セトがホルスを性的に暴行しようと企み(!)、これを見破ったイシスが魔術で逆にセトにホルスの子を孕ませる(!!)」などというとんでもないエピソードまである。現代人の感覚ではちょっと考えられない話だが、ともあれこれによってセトは神々の笑いものになったという。
にもかかわらず、セトは引き続き神々の一員でいられた。神話的には主神ラーが許したからだと説明される。セトは毎日空を行くラーの船に同乗するメンバーのひとりで、邪悪な蛇アポビスと戦うという。そのような縁からラーはセトを評価しているわけだ。
一方、人々の信仰という点ではどうか。邪神と見做されつつもセト神の信仰は長く残った。必要悪とみなされたのだろうか。また、時代によっては王権と結びつくこともあり、第19王朝においてはセト神の神官セティが王となった。この時、不毛な砂漠の神セトは生産を司る神とみられるようになり、その信仰は広まったという。

邪神というけれど

セトの存在は、「神話の中の邪神も信仰されるケースはある」ということを教えてくれる。ファンタジー世界を作る時にはついつい「邪悪な人間しか信仰しない邪神」を設定しがちだが、「損な役割を引き受けさせられているだけで、ちゃんと信仰はされている」「一見すると邪悪なものを司っているように見えても、ちゃんと意味のある役割を持っている」神やその信仰というのはあるものだ。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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