No.56 「ウルバヌス2世 ―十字軍の始まり」

榎本海月の連載

十字軍を呼びかける

今回からしばらくは十字軍(中世ヨーロッパ後期、エルサレム奪回を掲げてシリアやエジプトに遠征した一連の試み)にまつわる人物を紹介する。
ウルバヌス2世は最初の十字軍を宣言した人物である。もともとはフランス貴族の生まれで、クリュニー修道院で修行したのちに乞われて教皇庁に入り、枢機卿になり、教皇となった。クリュニー修道院は改革派として名高く、その出身であるウルバヌスもキリスト教内のあり方、そして世俗諸侯との関係を改革するべく奔走した人物である。ローマの奪還、世俗の王や貴族が聖職者の位も兼任するのを禁止すること、そしてなによりも最初の十字軍を起こしたことが彼の功績としてよく知られている。
そもそもの始まりは東ローマ帝国の末裔であるビザンティン帝国の皇帝から、ヨーロッパへ援軍の要請があったことに始まる、この時期のビザンティン帝国は小アジア地域を失って滅亡の瀬戸際に立っていたからだ。ところが、この要請を受けたウルバヌスは思わぬ動きに出た。クレルモン公会議を開いて「東方のキリスト教徒を救え、聖地エルサレムを奪還せよ」と訴えたのである。
なるほどビザンティン帝国の危機はキリスト教徒の危機であり、小アジアがイスラム勢力に奪われたので既にキリスト教徒のものではなかったエルサレムに行くのも難しくなっている。また、イベリア半島の奪回などキリスト城勢力によるイスラム教勢力への反撃という動きも既にあった。皇帝の要請とは少なからず意図が食い違うものだが、ヨーロッパのキリスト教徒としては筋が通っていたのだ。

教皇の意図

十字軍について、ウルバヌスには意図があったと考えられる。それはヨーロッパ内部で争ってばかりで教皇庁に敬意を示さない王侯貴族(イングランド、フランス、神聖ローマ帝国の王たちがこの時期破門されているという事実がよく表している)に神の権威を示し、またその旺盛な戦意を外へ向けようとしていた、というわけだ。
ウルバヌスの狙いは概ね成功した。諸侯や騎士たちや民衆たちが数多く参加した最初の十字軍はエルサレム周辺をイスラム強制力から奪還し、キリスト教諸国を打ち立てるに至ったのである。しかし結成を宣言したウルバヌスはその前に亡くなってしまった。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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