No.54 「アレス ―荒れ狂う戦神」

榎本海月の連載

荒れ狂う粗暴な神

オリュンポス12神のひとりで、アテナと並ぶ軍神である。スマートな戦いを象徴するアテナに対して、アレスがシンボルとするのは戦いのための戦い、荒れ狂う戦い、そして相手を殺すことだ。
残念ながらギリシャにおいて彼はあまり人気がなかったようだ。彼を主人公とする物語は他の神々と比べても多くない。どうも、ギリシャの人々は彼の乱暴な性格を好まなかったと思われる。
神話全体で見るとそれなりに出番があるのだが、よく見てみると同じ軍神のアテナにやり込められたり、神々が味方した人間に敗北したり、という話が多い。彼及びその子孫は基本的に「ヤラレ役」として物語で扱われたようだ。
物語の中で必要な役回りではあるが、報われない役目でもある。アフロディーテとの密会のようなエピソードもあるが、この話の結末は「アフロディーテの夫、ヘファイストスの網で一網打尽にされてしまう」ものだからいい話とは言い難い。
ところが、ローマに移ると彼の扱いは大きく変わる。ローマ神話はギリシャ神話にかなり近しく、ギリシャの神々がローマの神々と同一視されて移植された部分が大きい。ゼウスがユピテル、アテナがミネルヴァ、という具合で、神話の中での扱いもだいたい同じに見える。
ところが、ローマ神話の「マルス」と同一視されたアレスはどうも特例だったようで、彼の扱いはかなり良かったのである。彼は土地の保護者、そして何よりもローマの始祖・ロムルスとレムスの父親とみなされ、ローマ人の先祖の神として厚く遇されたのだ。思わぬ逆転劇である。

2つの顔を持つ

ギリシャ神話での粗略な乱暴者としてのアレス。ローマ神話での土地と国家の守護者としてのマルス。どちらもそれぞれに物語として使いやすい存在だが、この両者が同一視された、というのが面白いところだ。たとえば「マルスの若き日がアレス」などと考えると面白いかも知れない。神も成長するのだろうか?


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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