No.23 「アザゼル ―役目を捨てた天使」

榎本海月の連載

グリゴリの役目を捨てる

アザゼルはユダヤ教・キリスト教といった、いわゆる聖書神話に登場する天使(堕天使)である。といっても、その名前は聖書にはほとんど登場しない。
その名が出てくる物語のうち代表的なものが、正式に聖書には選ばれなかった「外典」と呼ばれるものの一つ「エノク書」だ。
アザゼルが登場する物語の中では「グリゴリ(監視するもの)」と呼ばれる二百の天使が地上に派遣されている。名前のとおり、人間を監視するのが使命だったのだろう。リーダーはシュムハザという天使で、その中にアザゼルもいた。
彼ら200の天使は神を裏切った。それはなぜか。人間、特に女性に惹かれたからだ。天使と人間が交わった結果として巨人が生まれ、また天使たちによってさまざまな知識が与えられた。アザゼルが人間に教えたのは金属加工や武器の作成などだった。
神はこの振る舞いに激怒した。それは天上の世界の秘密を暴くことであり、秩序を乱すことであったからだ。神の命を受けた天使がアザゼルを捕らえ、荒野の穴に放り込んだという。

その行いは正しかったか?

アザゼルの物語はプロメテウスのそれとよく似ている。両者は共に頂上の存在であり、天上の秘密を守るべき立場にありながら、人間にほだされたがゆえに教えてはならない知識を教えた。これらの物語には2つの側面がある。ひとつは「人間にとって良いことをしたのに神の怒りで罰を受けた」ということだ。
そしてもうひとつは「短期的にはいいことだったかも知れないが、火や武器の知識を与えたせいでむしろ人間は争い合うなどして長期的に悪影響を受けたのではないか」という視点である。アザゼルのような立場の神が、かつて人間に知識を与えたがゆえにいまは後悔している……などというのも面白いかもしれない。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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