与謝野晶子―「女のくせに」を解き放った女流文学者

粟江都萌子のクリエイター志望者に送るやさしい文学案内

「みだれ髪」はなぜ乱れたのかというと……。

 本日紹介するのは与謝野晶子。いわずと知れた女流文学者です。彼女の短歌や詩は中学や高校で、だれしもが一度は触れていることでしょう。
「金色の ちひさき鳥のかたちして 銀杏ちるなり 夕日の丘に」
 私はなぜか昔からこの歌をずっと覚えています。とてもシンプルですが、情景が目に浮かぶようですよね。金色に色づいた銀杏の葉がひらひらと丘に降り積もる。その舞うさまがまるで小さな鳥のようである。昔から麦秋とか紅葉とかの緑の植物が色づく景色が好きでしたので、単純に私好みの歌だったのでしょうね。
 この歌から受ける印象はとてもさわやかなものですが、与謝野晶子はどちらかというと、いろいろ激しい女性として知られています。
 女性は親に従い夫に従う。愛や恋は古くから語られていますが、それでも結婚となるとまだまだ家同士を結び付けるためのお見合い結婚が主流。女性が色恋や官能について語ることのない(語ってはいけない)、そんな時代でした。それを打ち破ったのが「みだれ髪」なのです。ええですからなんで髪が乱れるのかって……つまりそういうことです。

いろいろ激しい理由・その1 略奪婚?

 晶子は与謝野鉄幹という歌人と結婚しましたが、実は二人が出会ったとき、鉄幹には奥さんがいたのです。晶子の存在がなくとも鉄幹と最初の奥さんとの関係は破綻していたのかもしれません。
 ですが鉄幹が正式に離婚する前から恋愛関係があったことは事実です。

いろいろと激しい理由・その2 反戦詩

 晶子は日露戦争に行った弟の無事を祈る詩を作りました。それがあの有名な「君死にたまふことなかれ」です。
 当時、戦争に行くことは国の為に尽くすこととして、名誉のあることでした。本当は誰だって家族に死んでほしくありません。けれど「戦争に行ってほしくない」「死んでほしくない」と言ってはいけない時代だったのです。
 そんな中、晶子は堂々と「戦争で死んではいけない」という内容の詩を作りました。世間に衝撃が走ったのは言うまでもありません。

いろいろと激しい理由・その3 夫を追いかけて渡欧

 夫・与謝野鉄幹は結婚後に留学しました。晶子はその留学費用などを文筆業によって支えていました。それだけでもすごいことです。けれど晶子は、夫を恋しく思い寂しさに耐えられなくなったあまり、子供たちを置いて鉄幹を追いかけてしまうのです。
 まだ幼い子もいたので批判的な意見もあるでしょう。とはいえ海外旅行も簡単でない時代に、女性の身で単身渡英してしまうなどと、大変勇気のあることだったはずです。てゆーか自分の渡欧費用をさらに捻出したのもすごいですよね。
 いかに大恋愛の末に結婚したカップルでも、離婚してしまうこはよくあることです。あるいは長年連れ添ううちに、愛情の形が穏やかなものへ変化することもあるでしょう。けれど夫婦の愛は衰えることを知りませんでした。鉄幹が亡くなったときに子供たちが父の愛用品を棺に入れるのを見て、晶子は「本当に棺に入るべきなのは私なのよ」という意味の歌を残しています。鉄幹が何よりも愛しているのは妻の晶子だからと。そして夫の愛を迷いなく確信できるのも、晶子が鉄幹を愛していたが故でしょうね。
 始まりは不倫の恋だったのかもしれませんが、ここまで愛を貫いたならそれが運命だったのかなとも思えてきます。

女性の自立を促した女性

 晶子の活動は多岐にわたります。短歌、詩、小説。『源氏物語』の現代語訳も手掛けています。
そして晶子は女性教育にも携わっていました。夫の鉄幹がまったく売れていない時期があったため、晶子が生活費を稼がねばならない背景も多少は関係していたのかもしれません。
 とはいえ作品を見ると、それまでの女性が言えなかったことを率直に描いています。それは文壇や世間にも衝撃を与え、おそらく少なくない批判も受けたことでしょう。けれど率直に女性の官能、願いといったものを表現した晶子は誰よりも己に素直な女性でした。世間一般の求める型にはめられた「女性」をはねのける強さを持っていたといえるでしょう。それは確かに、女性が自分らしく生きるための道標のひとつになったはずです。 もし現代に晶子が生きていたら。これだけ女性が活躍するようになった中でも埋もれず、頭角を現していくでしょう。いえ、もしかしたら当時以上に自由に奔放に、自分に素直に生きていくのかもしれませんね。

【執筆者紹介】粟江都萌子(あわえともこ)
2018年 榎本事務所に入社。
短期大学では国文学を学び、資料の検索・考証などを得意とする。
入社以前の2016年に弊社刊行の『ライトノベルのための日本文学で学ぶ創作術』(秀和システム)の編集・執筆に協力。

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