謎多き美女・小野小町とゆかいなご先祖たち

粟江都萌子のクリエイター志望者に送るやさしい文学案内

六歌仙の紅一点

 私は自分が女性なのもあって女性作家大好きですし、女性作家やその作品を紹介したい! と思ってはいるのですが。いかんせん、女性が表に出る時代でなかったこともあり、そもそも女流文学というものが男性のそれに比べて圧倒的に少ないのですよねー。そもそも男女で教育の内容に差がある時代が長かった訳ですから、女流文学そのものが少ないというのも致し方ないのですけれど。ジェンダーやらフェミニズムやらを語る気はないのですが、もしもっと早く女性教育が進んでいれば、もっとたくさんの女流作家が傑作を残していたのではないか……なんて空想します。
 小野小町は六歌仙の1人。六歌仙とは『古今和歌集』の序文で紹介される6人の和歌の名手たちのことです。圧倒的に女性が不利だった時代の中で、六歌仙に女性が選ばれたというのはすごいことです。1人だけですけれど。
 和歌においては男女平等に評価されたということなのでしょうか。『古今和歌集』には小町以外にもたくさんの女性の歌が収録されています。和歌は平安貴族のコミュニケーションツールとして大事でしたし、男女ともに必要な教養だったためでもあるでしょう。

恋多き絶世の美女……だったらしい。

 小野小町は絶世の美女で数々の恋をしたといわれています。同じく六歌仙の在原業平と恋仲だったという説もあります。在原業平は『伊勢物語』のモデルといわれている人物ですが、ここでは割愛。いつか『伊勢物語』と併せてご紹介できればと思います。
 で、「らしい」というのは、小野小町についてわかっていることがほとんどないからです。えっ、こんなに有名だし勅撰和歌集の序文に名前があるのにわかっていることがない⁉ 嘘やん! と、思うでしょう。ええ、私もそう思います。ですが本当に、生没年も名前も、生まれた場所も亡くなった場所も、詳しい経歴も、何もかももがわからないのです。美人は謎が多いってことでしょうか(違う)。墓所さえも小町の墓といわれているものが全国各地にあり、どれが本物かは特定されていません。
 ここまでくると実在すら危ぶまれてきそうですが、そこは勅撰和歌集たる『古今和歌集』が裏付けとなっています。これが例えば個人の非公式な日記であれば話は違ったのでしょうが、そこは天皇の権威である勅撰和歌集。信頼性は強いです。
 しかも美人だったという割に、肖像は後ろ姿で描かれることがほとんどだとか。何年か前に見たサスペンスドラマが、小野小町の顔を正面から描いた肖像をめぐっておきた殺人事件のお話だったことを思い出します。
 後宮に仕えていたという説もあります。六歌仙に数えられるほどの人物ですから、後宮にいたとしてもなんら不思議はありません。同じく女流文学で有名な紫式部や清少納言も、帝の妃に仕えた方々ですから。とはいえやはりこれも確かなことは言えないのです。

小野一族の熱量がすごい

 小野小町は小野篁(おののたかむら)の血縁であるといわれています。小野篁の娘や孫説もあるのですが、年代的にちょっと合わないようです。とはいえ親戚であるのは有力なのではないでしょうか。
 この小野篁、さかのぼれば小野妹子につながります。
 小野妹子は第1回遣隋使として中国へ渡った人物。歴史の授業で習いましたよね。不真面目学生の代表格だった私も覚えのある名前です。そのときの国書が有名な「日出づる処の天子,書を日没する処の天子に致す」という文言で隋の皇帝を不快にさせたというものです。しかも小野妹子はその後、隋から日本への国書を紛失しています。内容が日本にとって思わしいものではなく、妹子が独断で破棄したという説もあるとか。 
 そんな小野妹子を先祖に持つ小野篁も遣唐使でした。千年才女こと紫式部の記事でも少し触れたのですが、篁は生前から地獄で閻魔大王の補佐官をしていたという伝説が残る人物です。歌人としても優れていて頭もよく、「子」を12並べたものを読めと言われ、「猫の子の子猫、獅子の子の子獅子」と読んだエピソードは知っている人も多いのではないでしょうか。そう、その人が小野篁です。
 ですがこの人、官吏としては結構異端児。篁は遣唐使でしたが、実は一度も渡航に成功していません。2度失敗し、3度目には漏水した船をあてがわれたために仮病を使って渡航を拒否しました。まあ、当時の未熟な航海技術で船に不備があるのが最初からわかってる状態なんて、誰だって行きたかないわな。フツーに死にそう。
 とはいえ天皇の命令に背くわけですから、それはそれで当時としてはあり得ない所業です。しかもそのとき風刺する詩まで作ったとか(現存しないようですが)。そりゃあ命令に背いた上にそんなものまで作られたら、天皇は激怒しますよね。そんなわけで、篁はめでたく島流しに遭うのでした。のちに許されて都に復帰しています。
 ていうか小野家の男たち、国書を勝手に処分(かもしれない)とか天皇に背くとか、なんていうか、メンタル強すぎませんか。その血縁である小町が奥ゆかしい女性でなく、恋に奔放な活発な女性だったというのは、血の強さを感じる気がします。ちなみに篁も異母妹と恋に落ちたとかいろいろ恋に関する激しめのエピソードはあるのですが、どうも後世の創作のようです。

物語の主人公に

 そんな小野小町ですが、室町時代にはすでに物語の主人公になっていました。『一寸法師』と同じく『御伽草子』に収録されている『小町草紙』というのが小野小町の物語なのです。
 こちらは小町が晩年すっかり没落してしまった様が描かれています。老いて落ちぶれた我が身を嘆き、流した涙は袖を絞るほどであるといった様子が描かれ、なんとも哀しく感じさせます。こちらも興味があれば読んでみてください。小町の歌はもちろんのこと、在原業平の和歌も紹介されています。
 『小町草紙』では小町が京の町を出て、東北に向かってその地で没したとされています。しかし新幹線なんか当然なく、街道もアスファルトやコンクリートで舗装されているわけではありません(そりゃそうだ)。歩くしかない中で、老いた小町が本当に旅をしたのかは疑問です。
 ほかにも『伊勢物語』にも小町ではないかとされる女性が登場するのですが、こちらも定かではありません。
 後世、偉人が創作のもととなるというのはよくありますが、小野小町や在原業平は早くからこうした作品に取り入れられています。目立つ人というのは創作のもととなりやすいのでしょうか。現代でいうと、有名俳優の半生をドラマにするのに近いのかなあ。 それにしても、それだけ人々の印象に残っている小町の生涯について謎だらけというのも、歴史の謎のひとつに思えてきます。

【執筆者紹介】粟江都萌子(あわえともこ)
2018年 榎本事務所に入社。
短期大学では国文学を学び、資料の検索・考証などを得意とする。
入社以前の2016年に弊社刊行の『ライトノベルのための日本文学で学ぶ創作術』(秀和システム)の編集・執筆に協力。

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