日常もの(スローライフもの)とは?
日常もの、あるいはスローライフものなどと呼ばれる場合、単に文字通り「主人公が普通の日常を過ごすだけ」ではないことが多い。
わざわざこのような言葉を使うのは「普通だったら冒険をしたり、とてつもない事件に巻き込まれたりするのに、主人公やヒロインの事情・目的から、普通の日常を過ごそうとする」パターンであることがほとんどだ。
いわゆる「なろう」系で流行ってこのように呼ばれるようになったが、実際にはライトノベルを中心に以前から見られていた類型である。
たとえば主人公は世界を救った勇者であったり、引退した王であったり、転生する際に神から「チート」を授かった異世界人だったりする。そんな彼らが、もう冒険に飽きたり、敵に狙われていたり、そもそも地球での苦しい生活に嫌気がさしてのんびりしたいなどの同期で、スローライフを送ろうとする。場所は都市の片隅だったり、田舎町だったりする。なんらかの職業もの、趣味ものなどと融合することも多いようだ。
本当に「日常」で済むか?
しかし、彼らの日常が本当にスローライフ的なものだけですむか、というとなかなか怪しい。もちろんささやかな日常だけで終わるケースもあるが、過去の因縁が追いかけてきてドタバタしたり、結局大事件につながってしまうのもよくあるパターンだ。実際、そのほうが物語としては起伏が作りやすい。
逆に言えば、この点こそが(この項で紹介する意味での)日常もの、スローライフものの注目ポイントであろう。つまり、主人公の過去の功績、今でももっている能力、弱いものを放っておけない性格、押しかけてくるキャラクターなどのせいで、穏やかに楽しい日常などはなかなか過ごせない構造に最初からなっているのである。
その中でなんとしてもスローライフを過ごそうとする主人公のドタバタ奮闘を描いてもいいし、どこかで見切りをつけたり、あるいは知恵や技術を駆使してスローライフを守ろうとする様を描いてもいい。どれにしてもなかなか面白いことになるはずだ。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。