良いシーンの詰め合わせ
「見取り」は前回紹介したクリフハンガー以上に聞いたことがある人が少ない言葉ではないだろうか。これは日本の古典芸能である浄瑠璃や歌舞伎で見られる手法だ。
エンタメは一つの物語・演目の最初から最後までを通して演じることが多い。連続ものとして分割して演じることはあるが、それはあくまで続けているうちの一部である。しかし、浄瑠璃や歌舞伎はちょっと違う。演目の最初から最後までを通して演じる「通し」という形式とは別に、「いろいろな作品の名場面だけ集めて演じてしまう」やり方があるのだ。これが「見取り」である。
一つの考え方として
ここまで紹介してきたパターン類と違って、見取りはそのまま皆さんが作る物語に適応できるパターンではない。エンタメには媒体ごとに向いたパターン、向かないパターンがあって、見取りはその中でも特に適応できる媒体が限られたパターンだと言えるだろう。浄瑠璃や歌舞伎(演劇全般もそうかもしれないが)などは話の筋がわかっていても、役者や裏方たちがどう演じ、どう演出するかというところに面白さがある。だからこそ見取りが成立する、と考えられるわけだ。
では、どうして見取りを紹介したのか。それは「面白いところ、美味しいところを並べるという考え方そのものは役に立つ」からだ。物語作りに真面目に取り組もうとしている人は、しばしば「お話の筋を通し、きちんと前置き展開を用意した上でクライマックスへ繋げるべき」という考え方にこだわってしまいがちだ。
しかし実際には、エンタメの面白さを追求するにあたって、前置きよりも「まず面白いシーンをドーンと提示する。必要な説明はそのあとにする」の方が面白くなることが多いのである。それをわかって欲しくて、近い例としての見取りを紹介したわけだ。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。