No.21 「ダビデの投石」―知恵と文明の象徴

榎本海月の連載

巨人を打った小さな意思

ここまで紹介してきたのは主に槍や剣といった、金属の刃を持つ武器だった。しかし、神話や伝説に出てくる英雄は、しばしば別種の武器をもって偉業をなすことがある。その代表が『旧約聖書』における偉大な王の一人、ダビデが若い頃に用いた石と投石器であろう。
若き日のダビデは羊飼いであり、また竪琴の達人でもあったというが、イスラエル王サウルのもとで敵対するペリシテ人の軍隊との合戦に参加することになった。この時、ダビデは敵方の勇士たる巨人ゴリアテと戦うはめになる。
サウルは自らの青銅の武具を貸し与えようとしたが、ダビデは断った。彼は戦士ではなく、普通の武具は慣れていなかったせいだ。代わりに彼は石と投石器を持ってゴリアテの前に立ち、その石を見事にゴリアテの眉間に当てて倒してしまった。これによりイスラエル軍は勝利し、またダビデはこの活躍を機に、のちにサウルに代わってイスラエル王となる。
ダビデが用いたのは紐の先端に石をひっかけて振り回し、遠心力で加速させるだけの、最も原始的なタイプの投石器と思われる。他にも、引っ掛ける場所に工夫を凝らしたり、あるいは杖と組み合わせてより勢いよく振り回せるようにしたものなど、歴史上さまざまな投石器があった。

「柔よく剛を制す」

ダビデとゴリアテのエピソードは、西洋における「柔よく剛を制す」話の典型といえる。年若く小さなダビデが大男のゴリアテに対して、力ではなく技で勝つのだから。弱いものが知恵や機転の力を借りて勝つのは、今も昔も人気のあるエンタメの形である。また、「個人の力よりも文明の方が上なのだ」ということを示すエピソードとも言える。お話を盛り上げるためにも、説得力の出る範囲でこのようなシチュエーションはどんどん取り入れていきたい。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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