No.19 「エロスの矢」―人の心を操る武器

榎本海月の連載

エロス=クピド=キューピッド

武器は必ずしも人を傷つけるために使うものとは限らない。ジョワイユーズのように金銀や宝石や聖遺物で飾られた剣が王や神の権力・権威を表現したり、あるいは魔術や宗教的祭儀における道具としてもしばしば武器が出てくることがあるのだ。そこで、ここでは物理的攻撃以外の魔術的効果を持つ武器の代表例として、ギリシャ神話における愛の神、エロスの愛の矢を紹介したい。
エロスは実に多彩な説を持つ神で、誕生についても、最も最初に生まれた神のひとつという説にはじまり、ヘルメスとアルテミスの間の子、ヘルメスとアフロディテの子、アレスとアフロディテの子など、実に諸説ある。
姿については「背中に翼、手には弓矢」というのは変わらないようだが、時代を経るごとに若くなり、少年の姿で描かれることが定番になった。また、エロスはローマ神話ではクピドあるいはアモールと呼ばれ、これがみなさんご存知のキューピッドになった。つまり、私たちがイメージする天使の中でも定番存在でありキューピッドが弓矢を持っているのは、エロス由来の要素なのだ。
さて、その弓矢である。エロスは概ね気まぐれで、しかし時に役目を背負って矢を放つ。アルゴナウタイの冒険において、王女メディアがイアソンに恋焦がれるようになったのはエロスのせいだ。他にも、彼の仕業によって生まれた突発的な恋心は数々の物語を動かしていったのである。時には神さえもその犠牲になるのだ。

精神的な武器

物理的な傷の代わりに精神的な効果を生み出すことができる武器は、物語をドラマチックに動かすにあたって大いに役に立つ。例えば、傷つけた相手に自分への忠誠心を持たせるような剣があれば、とんでもないことになる。恋心の代わりに怒りや悲しみ、喜びなどを生み出せる矢もいろいろと物語に使えそうだ。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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