ローマ兵士の槍
ロンギヌスとは、イエス・キリストが処刑された場所にいたローマの兵士の名である。
キリストが十字架で磔にされた時、その生死を確かめるべくロンギヌスは自らの槍でキリストの脇腹を刺した。すると血が出てロンギヌスに被り、白内障を患っていた彼の目が治った。これにより神の奇跡を信じたロンギヌスは熱心な信者となって後には聖人になった。そして、聖なるキリストの血を帯びた槍は聖槍となり、以後アーサー王伝説をはじめとしてさまざまな物語に登場することになる。なお、この時にキリストの血を受けた盃がアーサー王伝説で重要な探索ターゲットになる聖杯だ。
西洋で絶大な影響力を誇ったキリスト教において需要な意味を持つアイテムであるため、聖槍にまつわる物語は無数に存在する。ある時期までエルサレムにあったが敵対勢力に攻められた際に砕かれて穂先とそれ以外の部分が別々の場所に保存された、聖槍だと言われる槍があちこちの場所で保存されていた記録がある、などだ。
特にナチスのヒトラーは「聖槍を手にしたものは世界を手にする」という伝説に魅了され、大いに執着した。ヒトラーはウィーンにあった「ロンギヌスの槍とされるもの」を入手して日本人の刀鍛冶にコピーを作らせたというが、ナチスが破れた後に槍は米軍が回収したらしい……どうだろう、これらのエピソードだけでも物語がいくつも作れそうではないか。
何が特別なのか
ロンギヌスが伝説の通りの存在なら、彼の槍が特別だったはずがない。特別なのはキリストの血であるわけだ。このように「特別な存在に触れたり、殺したり、祝福や呪いを受けたりすることで、特別でもなんでもなかった武器が特別な存在になってしまう」というのは神話や伝説でよく見られるパターンのひとつである。

【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。