刺に魔力あり?
神話的な武器というものは軽々しく使うものではない。そして、必ずしも使い手に幸福な勝利を約束するものでもないのだ。そのことを教えてくれるのがケルト神話の大英雄、クー・フーリンの魔槍、ゲイ・ボルグである。
ゲイ・ボルグはクー・フーリンが師匠の女戦士スカサハから授けられたものだ。海の怪物の骨から作られたといい、幾人もの戦士が使ったのちにスカサハへ、そしてクーフーリンへ与えられた。特徴については諸説あり、鈎あるいは棘が何本も生えているとも、穂先がギザギザになっているとも、相手に突き刺すと30本の槍が飛び出すともいう。
なんにせよ、刺すことで相手の体をズタズタにしてしまう効果を持った槍であると思えばいい。加えて、この槍でつけた傷は治らない、ともいう。史実にも似たような武器(波型の刃を持ち、傷口を荒らすので治りにくい剣フランベルジュ)があるので、必ずしも神話的とは言えないのが面白い。
ゲイ・ボルグが使われなかったわけ
これほど強力な、そして有名な武器であるにもかかわらず、クー・フーリンはその物語の中でほとんどゲイ・ボルグを使わない。彼が普段用いるのはそのような効果や伝説のない槍だ。
物語の中で彼が魔槍を使ったとされるのは2度(あるいは3度)。1度は素性を知らせぬまま挑戦してきた我が子コンラを打ち倒した時、2度は親友ながら敵味方に別れたフェルディアとの死闘の果てである。どちらの時もゲイ・ボルグは見事に敵を殺したが、戦いの後には悲しみが残った。3度目については諸説あるのだが、ゲッシュに縛られたクー・フーリンが自らを槍で刺した最期の時にもゲイ・ボルグが使われたという話があり、ゲイ・ボルグは悲劇とともにあった槍として語られるのである。
ゲイ・ボルグが物語の中でこのようなポジションになったのは何故だろうか。ひとつには、殺傷力の高すぎる槍を普段使いするのをクー・フーリンが恐れており、よほどの強敵にしか使わなかったから、というのがありそうだ。そしてもうひとつ、「魔槍が使用されるのは水中や浅瀬であり、この槍はそもそも銛に近いもので、使う機会が限られていたのでは」ともいう。

【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。