アポロンの巫女
今回紹介する「シビュラ」はこれまでとはちょっと毛色が違う。個人のことであると同時に、ある集団に属する人間のことも指したからだ。
個人としてのシビュラは、「各地を放浪したアポロン信仰の巫女」であったとされる。彼女は神がかり(トランス)状態になり、アポロンの言葉として未来を予知した。もちろんあくまで神話・伝説の人物であり、実際には色々な場所にいたアポロンの巫女の話が「シビュラ」として混同されたのだろう。
しかし時間が流れる中で「伝説の巫女がひとりいる」という設定に無理が出てきたのか、アポロンの神託を伝える巫女の総称としてシビュラという言葉が用いられるようになった。ギリシャを中心にした文化圏に複数人いたとされるそのシビュラの中で、最も著名なのがイタリアのギリシャ植民都市キュメ(クマエ)のシビュラなる女性だ。
彼女はローマに深く関わる存在で、トロイヤ戦争の英雄でのちにローマ王家の祖先になるアエネアスが冥府へ赴くことになった時、その先導を務めたとされる。また、5代目のローマ王には9巻の予言書を売りつけようとした。この時、あまりにも高額だったので王が断ったところ、うち6巻を焼いてしまい、王は結局残り3巻を買わされたという。この予言書は特別な役目を与えられた神官の一団によって保管され、何かしら大きな事件が起きると紐解かれつつ、5世紀初頭に焼かれるまで残された……ただ、オリジナルの予言書は途中で失われてしまい、その後残ったのは同じような予言書を集め直したものらしいのだが。
また、ユダヤ教・キリスト教文化では「シビュラの託宣」と呼ばれる予言があったが、これはあくまでシビュラに仮託して後世作られたものであって、実際のシビュラとは無関係とされる。
神話の霧の向こうに
シビュラとその予言は非常にあやふやで余白の多い存在なので、創作の余地が大きい。シア書のシビュラはいつ、どのように出現したのだろうか。その技術はどう広まったのだろうか。代替わりがあるとしたらどう行われたのか。キュメのシビュラは時代を飛び越えて登場するが、同一人物なのかそうでないのか。また彼女の予言書のうち燃えた部分には何が書かれていたのか……?

【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。