No.91 「モルゴース ―アーサーを憎んだ強い女性」

榎本海月の連載

アーサーの姉、そして敵対者

アーサー王には三人の異母姉がいる。彼の母である貴婦人がマーリンの力を借りたウーサー王と一夜を過ごした時、彼女には夫との間にすでに娘たちがいたのだ。
彼女たちはウーサー王に、ひいてはアーサーに強い憎しみを覚え、特にその中でもモルゴースとモルガンの企みはアーサー王伝説に暗い影を落とすことになる。
長姉のモルゴースはアーサーよりかなり年上で、アーサー誕生時にはすでにオークニーのロット王の妻になっていた。二人の間には幾人もの優れた騎士が生まれている。ガウェイン、ガレス、ガヘリス、アグラヴェイン……のちの円卓の騎士たちだ。彼らはアーサーのもとで大いに活躍してブリテンの平和に尽力したが、モルゴースは違った。彼女はウーサーに母を奪われた恨みと憎しみを忘れず、その子アーサーを滅ぼすべく動いたのである。こうしてモルゴースはブリテンにおける反アーサー勢力の中心人物の一人になった。
高貴な立場とはいえこの時代の女性だから、武力を持ってアーサーと戦うことはできない。息子たちが賛同してくれればその道もあったろうが、ガウェインたちはあくまでアーサーに忠誠を貫いた。その代わりに彼女は自身の女性的魅力によって味方を増やした。また外交上手でもあったため、アーサーに対して表面的には礼儀を尽くして危険視されないようにも振る舞った。
しかもモルゴースはのちに反アーサーの旗印となる人物まで自ら作り出した。魔法の力で誘惑して己の弟であるアーサー(アーサー本人はこの時知らなかった)と交わり、禁断の子を産んだのである。その名はモードレッド。アーサー王伝説に終止符を打つ人物だ。

強い女性

モルゴースは戦記物やファンタジーもので「強い女性」を設定するにあたってぜひ参考にしてほしい人物だ。正面から男と戦うことができない代わりに、知謀や魅惑、魔法(女性に神秘的なイメージを重ねるのは神話伝説の定番である)によって男を追い詰める。その上で、彼女の動機を掘り下げてみるのも面白い。モルゴースがアーサーを追い詰めようとしたのは本当に母を奪われた憎しみだけだったろうか。アーサーへの複雑な思いがそこにはあったのではないか……?


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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