No.90 「ディナダン ―優しいユーモアの騎士」

榎本海月の連載

優しいユーモアの騎士

ディナダンもまた、ここしばらく紹介してきた英雄たちと同じく円卓の騎士のひとりだ。トリスタンと特に仲が良かったとされ、彼の物語にしばしば登場する。しかし、彼には英雄的活躍や武勇のエピソードはまったくない。円卓の騎士に選ばれるくらいだから弱かったはずもないが、彼は暴力によって問題を解決しようとはしないのだ。
その代わりにディナダンが武器としたのは、冗談、諧謔、皮肉――つまり「ユーモア」であった。ここまで触れてきた騎士の中ではケイにちょっと似ているかもしれない。ただディナダンの場合、優しさも持ち合わせていたのが違うところか。
ディナダンのユーモアとしてよく知られているのは、トリスタンを追放したマルク王へのものだ。この王は妻として迎えたイゾルデと部下のトリスタンが実は心が通じている……ということで追放せざるを得なかったのだが、その時に堂々と騎士としての決闘を挑むなどしなかったので「臆病者」と噂がたったし、一部の騎士は怒りを感じた。
この際、マルク王のアーサー王の宮廷への旅に同行したディナダンは、王を「自分が臆病だ」と思い知らせるような状況へ何度も追い込む(強い敵に挑戦させるなど)一方で、そのような場所での彼の滑稽さを広めた。結果として騎士たちは「たわいもない人物だ」と怒りを収め、人々はむしろ親しみを持ったという。
他にもディナダンはさまざまな人々に優しく接し、アドバイスをした。その中にはトリスタンのライバルであるパラミデスまでいたのである。しかし、このような優しさゆえ、ディナダンはアーサー王を憎むものにとって目の上のたんこぶになった。彼は聖杯探索の中で、後に反乱を起こすモードレッドにより殺害されてしまうのである。英雄たちの潤滑油に慣れたディナダンがこの世を去ったことは、円卓の不和と破滅に少なからず影響をもたらしたことだろう……。

潤滑油の価値

ディナダンは英雄・偉人というのにはちょっと違和感のある人物かもしれない。しかし、状況によっては彼のような優しく気遣いができる人物こそ真に英雄になれるものなのだ。剣や弓では解決できない問題も、言葉や優しさなら解決できる可能性がある。ディナダン的なキャラクターをひとり設定できると、過酷な状況でも団結して戦うことができる大きな理由になることだろう。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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