No.89 「エレック ―愛に翻弄され、愛に生きる」

榎本海月の連載

愛の騎士

円卓の騎士エレックの物語は「愛」の物語である。みなさんが愛と勇気の冒険物語を描きたいのであれば、そのモチーフとして大いに役立つだろう。
ある時、エレックがアーサー王の宮廷を訪れた騎士に名を尋ねたところ、その従者が無言でエレックを打つという非礼を為した。このような恥辱は晴らさなければ騎士ではない。そこで旅立ったエレックは、途中で宿を借りた老騎士の屋敷で美しい女性エニードと出会う。彼女の愛を得たことでエレックは無事に騎士を探し出し、戦って勝利することで恥辱を晴らすこともできた。その後エニードを妻に迎え宮廷に戻ることもできて、万々歳である。
……ところが、ここからが良くなかった。エレックはエニードへの愛に溺れ、部屋から碌に出なくなったのである。そしてこういう時の展開は古今東西似たようなもので、批判や嫌味が当人ではなくその妻に飛んでくるのだ。エニードは夫を心配させないように必死に耐えるが、ついに苦悩を漏らしてしまった。
エレックは大いに反省し、改めて立派な騎士になるための修行の旅に出ることにした。ひとりで行くつもりだったが、エニードがどうしてもひとりは嫌だというので連れて行くことにする。しかしふたり仲良く行くのでは意味がないため、道中では一切口をきかないという取り決めにした。騎士道物語で騎士が旅に出れば、そこには試練が降ってくるものだ。この際もふたりの絆を試す試練が次々降ってくる。しかしふたりは耐えた。そして最後、エレックが致命傷を負って倒れ、エニードが別の男に言い寄られた時、彼女が夫の名を口にすると、エレックが蘇ってエニードを救うのだった。こうしてエレックは立派な騎士として成長を果たした。
 帰り道では「貴婦人への愛に呪われ、城に立ち寄ったものを次々殺す騎士」と遭遇するもこれを無事に倒し、かつての自分と同じように愛に呪われた騎士を解放することで、その成長を証明もしたのである。

愛が持つふたつの側面

愛は素晴らしいものが、溺れてはいけない。一方で互いにしっかり思い合っていれば奇跡を起こす……まさに、絵に描いたような「愛」の勝利の物語こそが、エレックとエニードの物語である。現代では愛は堂々と口にするのは気恥ずかしい言葉かもしれないが、あえて貫いてみてはいかがだろうか。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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