理想の騎士
ガラハッドはランスロットの息子であり、自らも円卓の騎士のひとりである。そして何よりも、近年主流の物語において聖杯探索を成功した主要人物として知られている人物だ。
彼はランスロットと漁夫王の孫娘・エレインの間に生まれた。この頃のランスロットは既にグィネビアに恋していたので、自ら望んでのことではない。魔法で騙されて一夜の過ちを犯したのだ(その背景には、漁夫王の関係者が「ランスロットの血筋から聖杯探索の成功者が現れる」と見込んだことがあったようだ。そしてこの目論見は成功する)。
長じて騎士になったガラハッドは円卓の騎士になる。しかも、円卓のうち「危険の席」と呼ばれる、誰も座れなかった特別な席に座ることができたし、「優れた騎士だけが抜ける」という岩に刺さった剣を抜くこともできた(これはかつてベイリンが抜いて災いをもたらした剣で、つまりガラハッドこそが真の持ち主であった)。さらには自らの祖先であるアリマタヤのヨセフの血で十字が描かれた盾を持つこともできた。まさに、彼こそは真の意味で選ばれた騎士であったのである。
ガラハッドは他に二人の円卓の騎士、パーシバルとボールス(幻視の力があったという)と共に聖杯探索に出る。彼らは数々の試練を乗り越えてカーボネック城へ辿り着き、漁夫王の傷を癒して聖杯を得た。それだけでなく、聖杯と共に「サラス」という場所へ赴き、奇跡を起こして異教の王をキリスト教に帰依させる(サラスはエルサレムのことであり、聖地を支配するイスラム教徒をなんとかしたいという人々の願望がこもっているのだろう)。最後にはガラハッドは神に認められ聖杯と共に昇天した。人間離れした理想の騎士は、聖杯を地上から回収する役目を終え、神の元へ召されたのである……。
完璧すぎても……
ガラハッドこそは理想的なヒーローだ。パーシバル以上に純粋かつ無垢であり、過ちを起こすことがない。彼は優れた血筋を組み合わせる計画により生み出され、完璧な存在としてこの世に現れ、その役目を見事に果たした。人々は彼のような完璧な存在でなければ聖杯探索はこなせないと考えたのであろう。
ただ、キリスト教的な色合いが濃いアーサー王伝説としてはそれでいいのだが、エンタメ的にはあまり完璧なヒーローは物語に起伏がなくなる。ガラハッドにも悩み、こだわり、失敗などはなかったのだろうか? 地上を離れることを寂しくは思わなかったのだろうか? そんなことを考えてみるのも面白い。

【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。