「万能の人」
あなたはレオナルド・ダ・ヴィンチを「なに」の人として知っているだろうか。最も声が上がるのは「モナリザの作者として」だろう。しかし、レオナルドはただの画家ではなかった。彼は彫刻家であり、科学者や技術者でもあり、哲学者でもあった。故にレオナルドはこう呼ばれる――「万能の人」(ウォーモ・ウニベルサーレ)と。
レオナルドの名前の後半、「ダ・ヴィンチ」は彼の生まれたヴィンチ村に由来する。公証人の子として生まれたレオナルドは、美術家の工房で徒弟働きを始めた。やがてイタリア有数の都市ミラノに強大な支配力を誇ったルドビコ・スフォルツァに自らを売り込んで認められ、長くミラノで暮らすことになった。この時に彼が自分の特技として主張したのは「土木と兵器」であったがそれはこの時代のイタリアが戦乱の直中にあったからであり、「平和な時代には彫刻や絵画でお役に立てる」と自薦の手紙に書き添えたという。
その後、紛争の中でミラノを離れた後は、ベネツィアやフィレンツェ、そしてまたミラノ、さらにローマと各地の権力者たちに招かれながら転々として暮らした。晩年にはフランスで穏やかでありつつ研究に打ち込む余生を過ごしている。
実はレオナルド、その多大な名声とは裏腹にきちんと完成した作品をほとんど残していない。『モナ・リザ』が例外に近く、他は「手をつけたが未完成」「デッサンは作ったが作品そのものに取り掛かれていない」というケースが多いのである。にもかかわらず、彼の技法は後世に影響を与え、美術史にも巨大な足跡を残した。
しかも、彼の興味は芸術の世界だけに留まらなかった。天文・気象・物理・数学・地理・植物・動物……あらゆるジャンルにまつわるメモを残している(しかも左利きだったとはいえ、左右反転した鏡文字で残しているのがミステリーだ)。その中にパラシュートやヘリコプターめいた発想があることは特に有名だ。まさに万能の天才だったのである。
謎があるとしたら?
大ヒットしたミステリー小説『ダヴィンチ・コード』は、彼が残した作品に暗号(コード)が隠されている……という筋書きだった。レオナルドのような天才ならその程度のことはやりかねない、と説得力のある設定といえよう。
あなたの世界にレオナルド的な大天才がいて、彼が作品やメモに謎を隠したなら、それはどんなもので、何のためにそんなことをしたのだろうか?

【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。