No.66 「オシリス ―来世信仰の中枢にいる神」

榎本海月の連載

来世信仰とオシリス

古代エジプトの信仰には二つの柱があったようだ。ひとつはラーをはじめとする太陽信仰で、もうひとつは来世信仰(人間は死後長い時を経て復活する。ミイラを作るのも復活の器にするため)である。そしてこの来世信仰で重要な位置を占めたのが冥界の支配者にして死と復活(豊穣)を象徴する神、オシリスだった。オシリスは古くから存在する神で、その信仰は王権とも結びついたが、一方で大地を耕して暮らすエジプトの民衆からは実りをもたらす身近な神としても信仰されたという。
ただ、オシリスは苦難の道を歩んだ神であるともされる。彼は神でありながら地上に降りて人々を統治し、文明をもたらしたが、そのことを弟のセトに嫉妬され、殺されてしまったのである。そのやり口は「誘い込んで棺に入れてしまい、ナイル川へ流してしまう」というものであったとも、「バラバラにしてエジプト中にばら撒く」というものであったともいう。しかしその後、彼の妻であり妹であるイシスがその棺あるいは遺体を見つけ出し、甦らせたのである。
ただ、せっかく蘇ったオシリスは再びエジプトを統治しようとはしなかった。何か思うところがあったのか、冥界に赴いてその支配者となったのである。以後、死者は冥界でオシリスにより裁きを受け、心の正しいものは永遠の命を与えられるが、そうでないものは怪物に食われて魂ごと消えてしまうという。つまりエジプト人にとってオシリスは死後の命運を握った重要な存在であったのだ。
一方、オシリスが地上に残した妻イシスとふたりの間の息子ホルス、そして仇のセトの物語はまだ続いていく。

復活はしたが

死とそこからの復活はさまざまな神話における重要なテーマである。有名なところでは聖書神話におけるキリストがいる。死という普通の人間にとって避けられない問題を乗り越えるのは、特別な存在に決まっているのだ。
ただオシリスの場合、蘇らせてもらったのに地上に残らなかったのはちょっと興味深い。復活が不完全だったのだろうか。死んでいる間に何か心境の変化があったのだろうか。このあたり、独自の解釈をしてもいいかもしれない。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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