No.62 「ニコラスとエティエンヌ」

榎本海月の連載

神がかりの少年たち

ニコラスはドイツ人、エティエンヌはフランス人。どちらもまだ若い少年であった。彼らはともに1212年に起きたいわゆる「少年十字軍」事件の主要人物である。この二人に煽動されることで無数の人々が巡礼のため聖地エルサレムを目指し、そして悲惨な結末を迎えるに至った。
ニコラスが行動を始めたのは春のことである。彼は「天使から霊感を受けた」と主張して東へ向かい、多くの人がニコラスに付き従った。エルサレムは船旅でなければまず辿り着くはずもない場所だが、船の当てはなかった。「歩いて海を渡れる」と信じていたという。
一方、エティエンヌは夏に東方を目指した。こちらは「キリストに出会い、フランス王あての手紙を託された」と主張していたらしいが、同じように多くの人が彼のもとに集まった。彼らはマルセイユへ向かい、そこから船でエルサレムを目指すつもりだった。
形としてはこの後の時代の出来事であるジャンヌ・ダルクの神がかりの戦争に似ているが、こちらの結末は完全な悲劇だった。人々は船に乗ってエルサレムを目指したが、あるいは海の藻屑になり、あるいは騙されて奴隷として売られたという。首謀者二人も同じような結末だったろう。
時のフランス王フィリップ2世は民衆が集団を作って聖地へ向かうのを禁止して故郷に戻そうとし、また他の人々も援助しようとしなかったというから、民衆だけで聖地へ向かうのが危険で無意味な行いだと多くの人は分かっていたのだろう。それでも実行者者たち(「少年」十字軍というのは後世付けられた名前であり、実際には未成年以外にも多様な人々が参加した)が無謀な振る舞いをやめなかったのは神の奇跡を信じていたのか、それとも熱狂の中で自分を見失ったのか。

熱狂から悲劇へ

「神がかり」から起きる事件をもチーにしたいと考えたとき、ジャンヌ・ダルクとともに少年十字軍のケースはきちんと押さえておくべきだろう。いや、ジャンヌの戦果の方が希少であり、少年十字軍のような結末の方が当たり前と考えるべきなのだろうか。その上で、あなたはどのような結末に導きたいのか、と考えてほしい。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

タイトルとURLをコピーしました