No.61 「サラディン ―「敵ながら天晴れ」」

榎本海月の連載

エルサレム奪還の英雄

一般に「サラディン」として知られるがこれはヨーロッパでの通称であり、正しくは「サラーフ・アッディーン・ユースフ・ブン・アイユーブ」。クルド人の生まれで、軍人から出発して宰相になり、自らの王朝であるアイユーブ朝を築いてエジプト一帯を支配するようになった。
彼がヨーロッパの歴史に大きく登場するのは、シリアに進出してからである。この地域のイスラム教勢力を統一したサラディンは、いよいよ外敵との戦いに着手した。十字軍によって奪われていたエルサレムを攻撃して再奪還し、キリスト教勢力を多くの都市から追い出すことに成功したのである。
これに対してヨーロッパも第3回十字軍を派遣し、シリアの支配権をめぐってサラディンと激しく争うことになった。しかし、オールスターチームであった第3回十字軍が内実はバラバラであったのはここまで既に見てきた通りだ。天才的な指揮官だったリチャードはサラディンを苦戦させはしたものの、サラディンの優位は変わらず、ついにエルサレムをイスラム教勢力の手に残したまま戦いは和睦で終わった。なお、サラディンが亡くなったのはその翌年のことだ。
以後も何度か十字軍は行われたもののイスラム教側の優位が崩れることはなく、最後には残った都市も全て奪われ、エルサレム周辺地域からキリスト教勢力は全て追い出され、長きに終わって断続的に続いた戦いは終わったのである。

「敵ながら天晴れ」

サラディンは優れた武将であると同時に異教徒にも博愛精神を持つ立派な人物であり、キリスト教勢力側からもいわば「敵ながら天晴れ」として高く評価された。当時の棋士たちは略奪も虐殺も当たり前の存在であったため、そのことも含めて褒めそやされたのであろう。
異民族・異文化に属する外敵はどうしても「悪」「野蛮」的に描写されがちだが、だからこそそこに相互理解できそうな立派な人物が出てくると非常に魅力的な人物に見える。これは創作でも役に立つテクニックだ。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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