「赤髭王」
第1回十字軍がとりあえずの成功を見た後も、エルサレム近辺を舞台にキリスト教勢力とイスラム教勢力の争いは続いた。劣勢に立ったのはキリスト教勢力である。救援のため第2回十字軍も派遣されたがうまくいかなかった。
そんな中、イスラム側の有力者サラディンによってエルサレムが奪われ、これに対抗するべく第3回十字軍が結成された。
数度にわたる十字軍の中でも特に有名なこの遠征には、神聖ローマ帝国フリードリヒ1世、イングランド王リチャード1世、フランス王フィリップ2世とヨーロッパの3大勢力の王が揃って参加している。そのネームバリューにおいては十字軍の歴史におけるクライマックスと言って良いだろう。
フリードリヒ1世は「赤髭王」の通称で知られている。そのイタリア語読みである「バルバロッサ」を聞いたことがある人もいるかもしれない。
彼はシュタウフェン朝2代目のドイツ国王であり、また神聖ローマ皇帝でもあった。フリードリヒが伯父から王位を継いだ頃その力は弱っていたが、彼は軍事力と外交力を用いてこれを大いに回復させることに成功している。つまり、イタリアにたびたび遠征することで自らを皇帝として認めさせ、勢力を拡大したのである。戦いで敗れたこともあったが和睦やライバルとの同盟によってその傷を広げさせず、決して完全なものではなかったものの王・皇帝としての権力基盤を確立させた。偉大な皇帝といって良いだろう。
そんなフリードリヒが十字軍に参加したのは、国内事情が影響したのではないかと考えられている。つまり、諸侯の力を十字軍で使ってしまい、相対的に自分の力を高めようとしたのではないか、というわけだ。そのような意図が神の怒りを買ったのだろうか。エルサレム近辺での戦いに挑むことなく、遠征中に水死(渡河中の落馬、あるいは水浴びをしている最中に心臓発作)を遂げてしまった。
英雄不死伝説
偉大な王でありながらちょっと締まらない死に方をしているのに加えて、この人にはもうひとつ面白いエピソードがある。後世、「フリードリヒは死んでいない、終末の時がくるのを洞穴の中で待っている」なる英雄不死伝説が語られ、たとえばナポレオン戦争の頃に希望として語られたりしているのだ。しかもこの話、本当は末裔であるフリードリヒ2世のことだったのが、やがて混同されてバルバロッサ=フリードリヒ1世のものになってしまった。伝説や噂は面白くも当てにならないものである。

【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。