No.38 「バルドル ―意外な死は破滅の始まり」

榎本海月の連載

あり得なかったはずの死

バルドルは北欧神話の神で、オーディンの子である。美しく、賢く、言葉巧みで、人格にも優れ、あらゆるものに愛された神であったという。彼についての物語で最も有名なのはその死の顛末だ。
始まりはバルドルが己の死を予感させる夢を見たことだった。これに激しく反応したのが彼の母フリッグで、彼女は息子を守るためにいかにも神話的な儀式を行なった。この世のありとあらゆるものを呼び寄せると「バルドルに指一本触れない」という誓いをさせたのである。
これでバルドルの身は安全……とはならなかった。二つの原因でバルドルは死ぬことになる。一つは誓いを立てなかった「もの」がいたことだ。あらゆるものの中で一つだけ、生まれたばかりのヤドリギはまだ幼いということで誓いを立てなかったのである。
しかし、それだけならバルドルが死ぬことはなかっただろう。彼が実質的に不死身になったことから神々が色々なものを投げつけて遊んでいたところ、悪巧みをする神々がいた。誰あろう、ロキである。
ロキはバルドルの盲目の弟・ホズに目をつけ、兄に対してヤドリギを投げさせた。ホズはもちろんそれがヤドリギであるとは知らず投げた。ヤドリギは誓いから逃れていたがゆえにバルドルの身を差し貫き、死に至らしめたのである。
夢の通り死んだバルドルを嘆き、フリッグは冥界へ神を派遣した。そこで死の神ヘルにより課せられた試練が「世界のすべてがバルドルのために泣いたら甦らせる」というものだった。フリッグの頼みであらゆるものが泣いたが、ある女巨人だけが泣かずに試練は達成されなかった。なんと、この女巨人はロキが変身した姿であった。
ロキの企みで光の神を失った世界は、やがて黄昏――ラグナロクの時を迎えることになる。

バルドルはなぜ死んだ?

バルドルの物語は、バルドル本人よりも「ロキはなぜそこまでやったのか」の方が面白い。ちょっとした悪戯のつもりにしては悪質すぎる。では、ラグナロクにつながる布石としてやったのだろうか? そこには長年微妙な立場でいたことへの鬱屈があったのか、それとも何か別の思惑があったのだろうか。
そしてバルドル本人はそのようなロキの企みに気付いていたのだろうか。貴公子として鷹揚だった彼は一切気づいていなかったのかもしれないし、気づいていたからこそロキに排除されたのかもしれない……。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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