農業と薬草をもたらす
神農は中国神話の登場人物である。ただ、なにしろ中国は広大であり、その歴史も長いので、神話も紆余曲折、変遷があって成立する。だから神話に出てくる神々やキャラクターもそのあり方は時代と物語により違う。神農もまたそうだ。
それでもおおむねの統一イメージはある。神農は人間に知識を与えた神だ。何を教えたかと言うと、農業や商業、そして薬草にまつわる知識であったという。特に薬草については面白いエピソードがある。普通、神が知識を人間に教えるときは「もともと知っていたことを伝える」パターンが一番多い。次に誰か知っている別の神から聞き出して教えるパターンだ。
ところが、神農は違う。彼は野山に生えている薬草を自ら口にし、どんな効果があるのか、それは毒なのかを自分で確かめ、人々に教えたのである。最後にはその毒によって死んでしまった……つまり、自己犠牲によって人を救った神なのである。
このような功績のためか、神農はしばしば「三皇五帝」と呼ばれる中国の伝説における最初の皇帝の一人に数えられる。その際には「炎帝神農」とされるようだ。
また、神農にはもう一つ大きな特徴がある。彼は身体が人間だが、頭は牛であった。神農を描いた絵では「牛の角が生えた人間」となっているものが多いようだ。
己を犠牲にする
神農も前回紹介したプロメテウスと同じように知識を与えた神(偉人)なのだが、その経緯は大きく違う。彼は神々の裏切り者ではない。むしろ人間側の存在である。ただ、その姿は異形であり、また自然を人間が活用可能にする偉業をなすために己の死という犠牲を払ってもいる。やはり、知識を得るというのは簡単なことではないのだ。このような発想はあなたの世界設定づくりでも役立つだろう。

【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。