No.19 「ダイダロス ―ギリシャ神話の発明王」

榎本海月の連載

かずかずの発明を

ダイダロスもまたギリシャ神話の有名人だが、英雄とはちょっと言い難い。彼は偉大な職人なのだ。ダイダロスの現実離れした作品の一つがあのミノタウロスがいた迷宮である。
ダイダロスはもともとアテナイの人だった。アテナイ王の末裔であるともいう。ところが、ある時殺人をしたがゆえにアテナイにいられなくなってしまった。殺したのは実の甥だ。弟子として育てていたが、自分を超える才を恐れ、殺したのだとされる。
逃れた先はクレタ島だ。ここでダイダロスは木で牛を作った。なぜかといえば、ミノス王の王妃がポセイドンの呪いで雄牛に惚れてしまったからだ。ダイダロスの木造牛の中に入った彼女は雄牛と交わり、そうしてミノタウロスが生まれたのである。ダイダロスはこの怪物を閉じ込めるために迷宮も作らされた。
やがて英雄テセウスがやってくると、ダイダロスは彼に惚れた王女の頼みで脱出方法を教えた。それはいいが、(怪物であろうとも)息子を殺され、娘を連れ去られたミノス王は憤り、ダイダロスとその息子のイカロスを迷宮に閉じ込めた。どうにか脱出しようとしたダイダロスは鳥の羽を蝋で固めて翼を作って空を飛び脱出したのである。
ただ、この翼には問題があった。あまり高く飛ぶと、太陽の熱で蝋が溶けてしまうのである(もちろんこれは科学的には間違いだ。上空に行けば行くほど気温は下がる)。ダイダロスは無事脱出したが、父の忠告を忘れた息子イカロスは翼を失い、地に落ちた……。
その後、別の王に匿われたダイダロスは彼しか知らない問題について王に教えたためにミノス王に居場所を知られるが、風呂に仕掛けた罠でミノス王を殺して己の身を守った。

技術がすべて

ダイダロスは骨の髄まで技術者、そして発明家の男だ。彼を動かすのは技術のことであり、他のことには基本的に興味を示さないし、嘘もつかない。アリアドネの頼みを受ければ自分が追い詰められるのはわかっていただろうが、問われたら答えざるを得なかったのだろう。殺人を犯したのも技術のことであり、また息子を失った原因も息子のことをちゃんと見ていなかったからではないか……このようなキャラクターは天才技術者として脇役に向いているし、技術をめぐる物語なら主役格としても使える。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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