No.16 「クー・フーリン ―生涯を駆け抜けた英雄」

榎本海月の連載

駆け抜けた英雄

アイルランドのケルト神話において、最大の英雄とされるのがクー・フーリンである。魔槍ゲイ・ボルグの使い手として近年ではさまざまなエンターテインメントに登場しているので、ご存知の方も彼の武勲は幼少期から始まる。クーラーンという鍛冶屋が番犬として飼っていた猛犬を素手で殴り殺してしまったのだ。これはある種の不可抗力であったが罪でもあったため、彼はしばらくの間犬の代わりを務めることを誓った。クーラーンの犬、すなわちクー・フーリンの名はここから来ている。
他にもクー・フーリンにまつわるエピソードは数多い。「元服するにあたって偉大な英雄になれるが若死にすると予言された日を選ぶ」「影の国へ赴いて女神のもとで修行を積み、ゲイ・ボルグを授かる」「自分の子をそれと知らずに殺してしまう」など、多様な物語が語られてきた。
また、クーリーの牛争いと呼ばれる物語では、彼が属するアルスター国の戦士たちが呪いを受けて戦えなくなる中、クー・フーリンはたった一人でコナハトの軍勢を撃退してみせた。コノハトの女王・メイブは彼にとって宿敵であり、やがてその死をもたらすことになる。
ケルト神話にはゲッシュという習慣がある。誓いを立て、それを破ると大きなペナルティを受けてしまう。また、詩人の社会的立場が強く、求められたら答えなければならない文化もあった。クー・フーリンは「犬を食べない」というゲッシュを破らされ、また詩人に求められて槍を手放し、それゆえに死んだのである。

ひたむきに生きる

クー・フーリンはひたむきに英雄として生きた人物である。そこに人間らしさを感じないという人ももしかしたらいるかもしれない。では、彼を現代人でも理解できるように描いたらどうなるだろうか。
一方で、そのようなひたむきさ、現代人では理解できない真っ直ぐさこそが魅力であると感じる人もいるだろう。では、そのような部分を多くの人にも通じるようにキャラクター化するにはどうしたらいいだろうか。そのように考えることにこそ意味があるのだ。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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