No.15 「トリスタン」

榎本海月の連載

三角関係の英雄物語

英雄といえば……で出てくる筆頭集団の一つが「アーサー王と円卓の騎士」であろう。イギリスの伝説に登場するアーサー王の宮廷には円卓があり、そこに座ることを許された英雄たちがいた、という物語である。この円卓の騎士たちの多くは、実はもともと独立した別の物語の出身であったのが、アーサー王の物語に取り込まれる形で彼の宮廷に集っていくことになった。
今回紹介するトリスタンもまさにそのような出自の代表であり、本来は『トリスタン物語』(のちに『トリスタンとイゾルデ』としてオペラになったことで有名になった)の主人公である。
彼の物語はまず、彼が仕える叔父にしてコーンウォール(イングランドの南西端)王のもとに、アイルランドの騎士がやってくるところから始まる。トリスタンはこの強敵を退けるが、刃に毒が塗ってあったので命が危うくなる。これを解毒できるのが騎士の姪に当たるアイルランドの王女イゾルデだけということで身分を隠して彼女のもとへ赴き、そこで二人は恋に落ちる。しかし両者が結ばれるのには障害が多く、ついに別れてしまう。
その後、トリスタンは同名別人のイゾルデ(「白き手」の、と呼ばれる)という女性と結ばれるが瀕死の重傷を追ってしまう。彼はかつて愛した方のイゾルデ(「黄金の髪の」、と呼ばれる)に助けを求め、黄金の髪のイゾルデも愛憎を超えて応えようとするが、白き手のイゾルデが嫉妬からトリスタンに間違いを教えてしまい、彼は絶望の中で死んだ、と伝わる。

騎士道物語の「愛」

英雄物語においては怪物や強敵との戦いも大事だが、それ以上にロマンスも重要である。特に騎士道物語では単に惚れて結ばれてというだけではなく、立場や身分、国家情勢にも左右されるものだ。
そもそも近代以前、結婚はまず見合いでするものであって、恋愛と結婚は別口であり、だからこそ不義の恋、不倫こそが純愛として盛り上がるものだという価値観があって、騎士道物語的なロマンスにもなる。トリスタンの物語で、彼が「黄金の髪の」イゾルデと惹かれつつ「白き手」のイゾルデと結ばれ、その関係性が故に死ぬのもこのような文脈に基づいてるのである。


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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