No.56 森薫『乙嫁語り』

榎本海月の連載

森薫『乙嫁語り』(エンターブレイン、12巻刊行中、2009〜)
初出:『Fellows!』『ハルタ』(2008〜)

中央アジアの乙嫁たち

物語の舞台は19世紀後半、激動の時代を迎える直前の中央アジア。街に暮らす少年カルルクのもとに、半遊牧部族ハルガル家のアミルが嫁に入ったところから物語が始まる。街の人々の暮らしや遊牧する民族の暮らし、あるいはカルルクたちが暮らすのとは別の文化を持つ街での暮らしや、それぞれの価値観を描きつつ、一方で二つの流れに沿ってさまざまな事件も描かれていく。
一つは窮地に追い込まれたハルガル家がアミルを取り戻そうとしたところから始まるカルルクたちとハルガル家の対立と交流で、もう一つはカルルクの家でしばらく居候をしていたヨーロッパからの旅人スミスが彼らの元を出発した後の波乱万丈だ。おてんば双子の大暴れあり、おっとりとした奥様の物語あり、そうして密かに近づく動乱の気配あり。次々出てくるキャラクターたちの生き様は楽しく、背景として描かれる多様な文化の有り様は美しい。それらを貫くテーマは「乙嫁」(この作品では「「美しいお嫁さん」」の意)である。

美しい世界、混じり合う価値観

まずは単純に細緻でグラフィカルな描き込みを堪能してほしい。登場人物たちの衣服も、建物や布も、自然も、恐ろしいほどの描き込みによって形作られている。その美しい世界に没頭することは、あなたの感受性に良い影響を与えることだろう。
もう一つ、作中で頻出する「多様な価値観の出会いと対立と融和」にも注目してほしい。ヨーロッパの人とアジアの人の価値観はもちろん、アジアの中でもいろいろだし、街の民と草原の民も違う。カルルクとアミル、あるいはカルルクとスミスのように仲良くなることもあるし、時に刃を交える関係もある。あくまでビジネスライクな付き合いだって当然あるわけだ。これが描けるのは作者に知識があるのはもちろん、キャラクターの事情や価値観、ポリシーをしっかり理解しているからなのだ。

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乙嫁語り honto 紀伊國屋書店


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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