久慈光久『狼の口~ヴォルフスムント~』(KADOKAWA、全8巻、2010~2016)
初出:『Fellows!』『ハルタ』(2009~2016)
峠に開く狼の顎
ドイツ・イタリアをつなぐ道がアルプス山脈を貫いて伸びている。その山道の要所であるザンクト・ゴットハルト峠に、「狼の口」という剣呑な名前で呼ばれる関所があった。アルプス山脈に住む人々を支配するハプスブルグ家の代官が陣取るその関所は、山脈の人々を内に閉じ込め、外へ出さない鉄壁の門になっている。
反ハプスブルグ家の闘士はどうにかして外へ出て連絡を試みるが、代官のヴォルフラムは優しげな風貌に似合わぬサディストで、徹底的な拷問によって疑わしいものの口を開けさせ、反乱の芽を摘んできた。しかし、そうして出した数多くの犠牲が人々の怒りを燃やし、ついに狼の口を砕く日がやってくる――。
現在に至るスイス独立の萌芽となる前日談を、史実をベースにしつつドラマチックに脚色した作品である。
暗い側面をいかに描くか
歴史を掘り下げていくと、残酷な側面にも出会うもの。拷問、尋問、虐殺、搾取……本シリーズが題材にしているのは中世ヨーロッパだが、古今東西のあちこちに同種の出来事はあるものだ。そのような過酷な出来事に暗い情熱を感じる書き手・読み手はいるもので、題材として面白いものであることは間違いない。
ただ、多くの読者を獲得したいなら、そのような悪辣な振る舞いが人々の恨みを買い、怒りを燃え立たせ、ついに破滅に至る様までをも書いてもらいたい。そうであればこそ結末がスッキリし、気持ちのいい読後感がもたらされるものだから。例えば、この作品のように。

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【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。