No.24 『限界集落温泉(ギリギリおんせん)』

榎本海月の連載

『限界集落温泉(ギリギリおんせん)』(KADOKAWA、全4巻、2009〜2012)
初出:『コミックビーム』(2009〜2012)

ギリギリな人々が集まって……

伊豆の山奥に寂れた温泉街があった。はっきり言えば限界集落。そこに、いまにも潰れそうな、1軒の温泉宿がある。親ひとり子ひとりで切り盛りしては来たものの、いよいよ廃業を決断する――まさにそのとき、東京から1人の男がやってきた。
仕事にギリギリまで追い詰められ、逃げ出して限界集落にやってきたゲームクリエイターの男には、1つの取り柄があった。場を盛り上げるのが抜群にうまいのだ。本人は「嘘ばかり」と自嘲するが、そのうち嘘が本当になっていくから恐ろしい。
ギリギリから逃れてきた男と、いままさにギリギリの温泉宿。そこにもうひとりギリギリの女――精神状態が危険でしょっちゅう自殺を匂わせては失踪するネットアイドルがやってきたとき、事態が急速に動き出す。
アイドルを追ってやってきたオタクたちを活用しての一儲けを画策する男。男にハッパをかけられ、立ち上がろうとする温泉宿の主人。宿が動き出すと周囲との軋轢も生まれ、ついには町長選挙にまでなだれ込む。ギリギリの境界線上をあっちへフラフラ、こっちへフラフラしつつ、物語はどんな結末へたどり着くのか……?

絶妙にリアル

本書の魅力は絶妙なリアル感である。「ギリギリ」状態になってしまった人たちは各種の問題があってそうなっているのであって、根本原因が取り除けない限りはちょっとチャンスがあってもそう簡単に真人間になれるはずもない。上手くいった思ったらまたダメになり、もう一度ギリギリになったと思ったらひょっこり新たなチャンスが舞い込む。なかなかまっすぐに成功へ向かない様がエンタメ的に魅力的な一方で、「まあ人間そう簡単には変われないよな」というリアリティにも繋がっているのだ。
こういう描写ができるのは、著者自身が田舎から出て東京で成功を掴み、田舎に戻って家を建てたという経歴を持っているからだろう。田舎人のダメなところも都会人のそれも知っているから、二つが出会って混ざり合って起きる化学反応を真に迫って描くことができる。これもまた実体験から生まれた物語なのだと感じるのである。

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『限界集落温泉』 honto 紀伊國屋書店


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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