ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』(小学館、6巻刊行中、2018〜)
『月刊!スピリッツ』(2018〜2019)、のちに『ビッグコミックスピリッツ』(2019〜)
若き日の北条早雲は何を見たか?
時は応仁の乱前夜――のちに「北条早雲」として戦国乱世に武名を上げる男が、まだ何も知らぬ一介の若者「伊勢新九郎」だった頃のこと。室町幕府の財政を司る政所の長官を代々務めてきた伊勢家に生まれた新九郎は、天下が麻のように乱れる様をその目で見ていくことになる。
将軍・足利義政の跡目をめぐる争いは、有力守護大名家たちそれぞれの思惑を取り込んで、誰も望まぬほど巨大な騒乱へ膨れ上がっていく。そこには伊勢家なりの思惑、謀略も含まれていくのだが、痛い目に遭うのは伊勢家も同じ。新九郎の目から見れば誰も彼も立派な大人で、道理も理屈も十分にわきまえているはずなのに、それらを超えて繰り返される争いの様が、少年を成長させる――。
『究極超人あーる』『パトレイバー』ほか数々のヒット作を持つベテラン漫画家の著者が、戦国時代直前の日本を生き生きと描く今注目のシリーズ。
史実を消化する
北条早雲は大変に名前が知れた人だ。ところが、彼が関東で頭角を表すまでの素性は長い間不明だった。有名な「風来坊として関東に現れ、名門・今川氏を救ったことをきっかけに関東で基盤を作り〜」という話は後世の創作で、室町幕府の重鎮・伊勢氏の出身であることが近年になって明らかになっている。だが、具体的にどのような少年・青年期を過ごしたかはほとんどわからない。
本シリーズは著者による想像・予測によってそのような不明期を補いつつ、「のちに関東を席巻する梟雄となる伊勢新九郎(北条早雲)は応仁の乱の時期、どこで何をしていたか」を見事に物語として作り上げている。本書を読んだ人の多くは、誰もが「これこそ史実に違いない」と思うのではないか。そのくらい著者によるストーリーテリングは自然で、無理がない。
特に5〜6巻で展開される茂原編は「新九郎が父から継承する領地である茂原に行ってみると、父親が中央での政治にかまけていたせいで大変に困ったことになっていた」という話で、実はこれスケールこそ小さいが当時の守護大名が陥っていた状況とそっくり同じなのである。このような史実の消化具合は芸術的と言わざるを得ず、大いに手本にしたいところだ。

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【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。