葦原大介『賢い犬リリエンタール』(集英社、全4巻、2009~2010)
初出:『週刊少年ジャンプ』(2009~2010)
喋る犬の弟がやって来る!
ずば抜けた身体能力の持ち主の妹「てつこ」と、ものづくりの天才の「兄(名前が作中で出てこない!)」。ちょっと変わった日野兄妹のもとに、両親から「弟」が送られてきた。それはなんと「喋る犬」の「日野リリエンタール」だった――というのが『賢い犬リリエンタール』の冒頭部分である。
「~ですぞ!」と妙な喋り口調(犬だから妙なのは当然妙だが)のリリエンタールは、接してみると実にいい子なので日野兄妹ともなんとか上手くやっていく。兄は大歓迎、妹はピリピリと温度差はあるが、それはそれだ。
しかし、リリエンタールには大きな秘密があった。彼が思ったこと、考えたこと、感じたことが、現実を歪め、作り変える特別な力を持っていたのだ――。あまりにも強すぎるその力を求め次々とあらわれる追手に、日野兄妹とリリエンタールはいかに立ち向かうのか。
『ワールドトリガー』のヒットで知られる著者の、実は非常に評価が高い初期連載作。
人の心を丁寧に描く
前半のあらすじだけだとシリアスな能力バトルものに見えるかもしれない。実際、ストーリーが後半に進むとバトルもの的な色合いも増えてくる。しかし、基本的に本シリーズは日野兄妹とその「弟」であるリリエンタールの交流がメインだ。
とにかくこの三人を中心にキャラクターが可愛く、健気で、魅力的なのが作品の最大のポイントだ。さらに中盤、敵として「紳士」なる凄腕のキャラクターが出てくるのだが、こいつもまた妙なこだわりと高い実力を兼ね備えていて面白い。
……一方で、普通の人なら当たり前に持っている嫉妬や恐れなどの感情、煩わしいことから逃げたかったり、でもそれを恥と思ったりなど、現実の私たちと繋がる気持ちを丁寧に描いてくれるところもまた素晴らしい。キャラクターを丁寧に描くというのはどういうことか、そのサンプルとしてぜひ。

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【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。