杉本亜未『アマイタマシイ 懐かし横丁洋菓子伝説』(集英社から2巻まで刊行が2013、のちに復刊ドットコムから全3巻が2016刊行)
初出『グランドジャンプpremium』(2012〜2013)
寂れた町で……
都会の片隅に夜洸町という寂れた町があった。今にも朽ち果てそうなそこに、「甘い魂(お菓子が好きな心……というだけにはとどまらない作中の言葉)」を持った3人の男女が集まる。東大生の川嶋、商工会職員の柴田、そして実力でも性格でも伝説的な変わり者のパティシエ熊谷。3人が開いた小さな店「プチ・セヴェイユ」がスイーツ界に嵐を巻き起こす――のだが、そもそも開店に漕ぎ着けるのが大変。
なにしろ熊谷は本物の変わり者で、一緒に店を開くと決意させるまでが大騒動。どうにか心を動かせたと思ったら今度は二人に「すぐに仕事(学校)をやめろ」と言い出す始末。しかも「俺は命を狙われている」と本気で思い込んでいる。
それでも彼の心を動かせたのは、まず第一に川嶋と柴田の二人も相当の変わり者だから。頭が良くてイケメンなのに甘い物第一の川嶋、天然ボケだけれども明確なビジョンを持って突き進んでいく柴田は、熊谷の変人っぷりにも一向に退かない。しかし何よりも熊谷の心を動かしたのは夜洸町という町だ。実は若き日を過ごしたことのある寂れた町の可能性を求めて、熊谷は恐るべき勢いで動き出す――。
「悩み」と超克
パティシエ(菓子職人)を主題にした職業ものだが、単に製菓業界にとどまらず「働くとはどういうことか」「なんのために働くのか」「社会を構成する一員であるというのはどういうことか」というかなり重くて身近なテーマに踏み込んでいる作品だ。
職業ものでも、青春ものでも、現代を舞台に読者や書き手と身近な存在を描いていくなら、「このキャラクターも私(読者)と同じ悩みを抱いているんだな」「そうか、こういう道もあるんだな!」「こんなふうには無理かもだけど……少しでも近づきたいな」と思わせることができると、作品として大きな魅力になる。本シリーズはその点で良い手本になるだろう。

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『アマイタマシイ 懐かし横丁洋菓子伝説』 honto 紀伊國屋書店
【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。