No.17 荒川弘『百姓貴族』

榎本海月の連載

荒川弘『百姓貴族』(新書館、2009〜、6巻刊行中)
初出:『ウンポコ』→『ウィングス』(2006〜)

「百姓」の知られざる顔とは?

『鋼の錬金術師』や『銀の匙』で知られる著者は北海道の酪農業者の生まれ。上京して漫画家を志ざすまでは自身も農業高校に通い、自宅でも農業や牧畜で相当こき使われ……いやいや家族を助けた経験の持ち主だ。そんな彼女が若き日の酪農経験、また農家出身者ならではの視点での「百姓」を語るコミックエッセイが本シリーズである。
『鋼の錬金術師』はダークでシビアなストーリー展開でヒットした作品だが、著者はボケとツッコミが応酬されるコミカル展開もかなり上手いのはファンなら皆知っていることだろう。本作でもその長所は存分に発揮されており、著者と編集者の切れ味鋭い言葉のやりとり、また著者の家族の面白おかしいエピソード(白眉はやっぱり、壊れた橋を車で飛び越えたりとエピソードが「ハリウッド級」の親父どの)を読んでいるだけでも単純に面白い。

豊かな振れ幅を見せる

本シリーズでは切り口の面白さ、素材の見せ方の面白さを取り上げたい。
百姓=農家、牧畜家について、皆さんはどんなイメージを持っているだろうか。「厳しい」「辛い」「儲からない」「先がない」という印象が強い人が多いのではないか。そこに「貴族」という一見して真逆のイメージ。ぶつけられると、「おっ」と興味を引くことができる。これは非常に上手いやり方だ。
では作中ではどうか……というと、農業や牧畜ならではの豊かな暮らし、美味しい食べ物、楽しい遊びなども紹介していて「なるほど貴族的」と思わせるところもある一方で、ブラック農業、あくまで昔の話として紹介される違法・脱法行為など噂に違わぬダークな「百姓」の姿もしっかり見せてくれるのが楽しい。この豊かな振れ幅こそが本シリーズの面白さなのだ。

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『百姓貴族』 honto 紀伊國屋書店


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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