No.14 黒江S介『サムライせんせい』

榎本海月の連載

黒江S介『サムライせんせい』(リブレ出版、7巻続刊、2013〜)
初出:web雑誌『クロフネZERO』『クロフネ』(2013〜2020)

幕末からタイムスリップ

土佐出身の幕末の志士で、土佐勤王党を率いた武市半平太。若者たちにカリスマ的人気を誇る一方で、暗殺などの汚い手段も用い、土佐の藩論を一時ながら尊王攘夷へ傾けた稀代の人物である。しかしその権勢は一瞬で、やがて捕らえられて獄中で死んだ、はずだった。
気がついたとき、半平太は現代の日本にいた。見るもの聞くもの全てが見覚えなく、価値観も全く変わってしまって彼は大いに混乱する。それでも周りには親切な人々が集まってくれて生活には困らず、学習塾で講師を勤めながら暮らすことになる。それは彼にとっては懐かしい行いであり、心休まるところもあったが、元の時代に残してきた仲間や家族のことを思えば焦る気持ちもあった。
そんな半平太の前に、思いもよらぬ人物が現れる。その名前は「坂本龍馬」。かつての半平太の友人であり、たもとをわかった元同志でもあった……。

切り口が命!

タイムスリップものは「現代人が過去や未来へ行く」のも定番だが、「過去や未来から人がやってきて騒動を巻き起こす」のももう一つの定番だ。この作品は武市半平太というちょっとマニアックな(そしてどちらかというと理解されない、悪役的なポジションに置かれがちな)歴史的人物を現代へ招いて、彼のキャラクター性を丁寧に描いている。堅物で、真面目で、しかしちょっとだけひょうきんなところもある武市半平太が「いいひと」であるからこそ、歴史上彼がなしたことが良くも悪くも色こく物語の中に映っている。全体は概ねほのぼのしているし、楽しく読めるのだが、それだけではない苦味があり、著者も、また半平太自身もそのことを忘れないでいることが物語を引き締めているのだ。
「新しい切り口、新しい素材を探す」というのはエンタメ創作の基本ではあるのが、特に歴史物では大事だ。切り口が斬新だとそれだけで多くの注目を集めることができる。その参考として本書をぜひ。

<購入はこちら>

『サムライせんせい』 honto 紀伊國屋書店


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

↑こちらから同じカテゴリーの記事一覧をご覧いただけます
タイトルとURLをコピーしました