No.8 矢口高雄『蛍雪時代』

榎本海月の連載

矢口高雄『蛍雪時代』(講談社より単行本が1992−1993、文庫版が1999、全5巻)
初出:『しんぶん赤旗日曜版』(1991−1993)

秋田の山奥、小さな村で……

戦後間もない日本。秋田県雄勝郡西成瀬村……山奥の農村に生まれたタカオ少年は自然に親しみ、虫取りや魚釣りを好み、そして手塚治虫に代表される漫画を愛する中学生だった。体は弱いが学業は優秀で、中学三年時には生徒会長を務めた。
その一年間、彼の通う西成瀬中学では数々のイベントやアクシデントが盛り沢山で、実に賑やかな日々を過ごすことになる。「正面から学校に入れというが、では学校の正面を規定する校門はこの学校にはないではないか」という実に真っ当だが戦後すぐの貧乏学校には酷な問いかけから始まる「テンプラ校門」のエピソードが実に感動的な形で終わるのに始まり、短編連作形式で収録されている物語はどれも珠玉のもばかり。
2020年の日本を生きる私たちにとっては異国の光景にも見えるものが数多く含まれているが、であるからこそ多くの読者をしみじみと物語の風景に浸らせてくれる。
釣り漫画の金字塔『釣りキチ三平』ほかで知られる著者の幼少期を生き生きとしたタッチで描く作品。

風景と人とメッセージと

この作品で注目してほしいポイントは3つ。
1つは矢口高雄の圧倒的な画力で描かれる秋田県山奥の自然だ。草木、山林、川と岩、田畑、そして何よりも雪。私たちの多くが暮らす現代の都市とは違う風景がかつて(そして今も)あったのだということが本作を通して深く感じ取れるはずだし、そのことは皆さんが物語の中で異界の風景を描写するにあたっても大いに役立つことだろう。
2つ目はバイタリティに溢れる登場人物たちの暮らしざまだ。タカオ少年をはじめとする作中の登場人物たちは次々と新しいことを企み、学校の大人たちはそれを邪魔するどころか「ぜひやるべきだ、なんなら本来は学校でやるべきことだ」と悔しがりさえする。いろいろ縛りが少ない時代だということも含めても、その生命力は羨ましく、どうしたら取り戻せないかと考えもする。キャラクター造形に大いに参考になるだろう。
3つ目は作中に込められたメッセージだ。著者はたびたび当時と今(といっても執筆当時なので平成初期だが)を比べ、いろいろなことを訴える。みなさんが物語にメッセージを込めるのにも手本としてほしい。

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『蛍雪時代』 honto 紀伊國屋書店


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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