No.3 佐々大河『ふしぎの国のバード』

榎本海月の連載

佐々大河『ふしぎの国のバード』(KADOKAWA、7巻続刊、2015〜)
初出:『ハルタ』(2013〜)

明治日本に降り立った女性

1978年。明治11年、明治維新と西洋化真っ只中の日本は横浜に、一人の英国人女性が降り立った。彼女の名はイザベラ・バード。世界的に名の知れた女性冒険家であり、彼女の著者とそこに書かれた冒険譚は多くの教養人たちに愛されていた。
今回、日本という「ふしぎの国」に降り立ったバードの目的は、蝦夷地(のちの北海道)に赴くことだった。それも、関東から日本海へ抜けて蝦夷へ向かうという、他にどんな外国人も辿ったことがない未開の道を辿って行こうというのだ。
彼女の旅のパートナーを務める伊藤鶴吉はつかみどころのないひょうひょうとした男だが、英語力は抜群で、彼なりのモラルをしっかりもっている。面白いことに、読者は当初バードに共感して鶴吉のつれなさにヤキモキすることになるのだが、やがてバードこそ恐るべき人物であり、鶴吉の方が相当に人間らしいのだとわかる……。
 実在したイザベラ・バードの著書『日本奥地紀行』の内容をもとに、「江戸」から「明治」に移り変わり、美しいものも汚いものも、残酷なものと優しいものも、すべて歴史の彼方に消え去ろうとする一瞬の時代を、読者をワクワクさせる冒険に仕立てたシリーズ。

史実とエンタメ

本シリーズはもちろん単体でも非常に面白い。わずか150年程度前の日本の姿(ほとんど異世界に見えそうなほどに光景も習慣も違う!)に驚き、バードや鶴吉の驚きや感動、苦しみや決断に共感するだけで十分に楽しめる作品だ。
しかし、あなたが小説家志望者なら、ぜひそこでもう一歩進んでほしい。それは『日本奥地紀行』と一緒に本シリーズを読むことだ。そうすると、この作品がいかに実話をエンタメ的に膨らませているか、現代日本人に面白く読んでもらう為にどれだけ工夫しているかがよくわかるのだ。
わかりやすいのはバードの年齢で、史実では40代後半の彼女が、作中では明らかにもっと若く描写されている。また、ストーリーとしてもバードの目的や鶴吉の事情などがドラマチックに脚色されており、エンタメ的な工夫が凝らされている。面白い事実があった時、それをどうエンタメ化するか? 大いに参考にしてほしい。

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『ふしぎの国のバード 1』 honto 紀伊國屋書店


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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