No.1 小林まこと『劇画・長谷川伸シリーズ 』

榎本海月の連載

小林まこと『劇画・長谷川伸シリーズ 』(講談社、計4冊、2009〜2014)
初出:『イブニング』(2009〜2014)

恨みはないが義理のためとはいうけれど……

シリーズの中の一作、『沓掛時次郎』を中心に紹介したい。
旅の侠客・沓掛時次郎は1人の男を斬った。なんの恨みもないが一宿一飯の恩義で頼まれては断れぬのが渡世人の義理であった。一方、死に際の男が身重の妻おきぬと子供の太郎吉を託してきたとき、それを時次郎が断れなかったのは人情である。
おきぬの実家を目指した奇妙な旅の中で3人の距離が近づいていき、時次郎は己の生き方を改めて見つめ直し、ヤクザ者の暮らしから足を洗うことを考え始める。そうして旅先でおきぬが臨月を迎えたとき、時次郎に思わぬ仕事が舞い込むーー。
主に昭和前期に活躍した劇作家・長谷川伸の戯曲を、『1・2の三四郎』『柔道部物語』の小林まことが描く劇画シリーズの一編。シリーズ作品はどれも名作揃いなのだけど、本作が一番「股旅もの」「義理人情ヤクザもの」のエッセンスを濃厚に受け継いでいてわかりやすく、かつ多くの読者に分かりやすいと考えたのでピックアップした。
なお、他作品には昔侠客に助けられた女の子のもとに恩人が現れ、結婚話も出るがしかし……という『関の弥太っぺ』、かつて相撲取り志望だった男が侠客になって恩返しをしようとする『一本刀土俵入り』、離れ離れになった母にようやく会えた侠客だったが……という『瞼の母』がある。どれも別のキャラクター(演じているのは小林まこと作品でお馴染みの顔)だが、それぞれの泣ける物語がある。

けっして古びないものがある

江戸時代を舞台に旅のヤクザが……などというあらすじを見た段階では古臭く思えるかもしれない。実際、このようなパターンの作品に人気があったのはかなり前で、今そのまま作品化しても注目はあまりされないだろう。
だが、これらの作品のエッセンスは現代のエンターテインメントに脈々と受け継がれている。わかりやすいのは尾田栄一郎『ワンピース』で、ルフィら「麦わらの一味」はかなりヤクザもの、仁侠ものの価値観で動いている。己の誇りを大事にし、筋を通し、堅気と一線を隠す生き様がそれだ。著者は時代物全盛時代の映画が好きだということからもわかる。
実際、「義理(受けた恩を返す、社会的な付き合い)」と「人情(人間の個人的な感情)」の板挟みになるのはいつの時代もあることだ。たとえば、恋人に「会社と私はどっちが大事なの」と問い詰められのはまさに「義理と人情」の問題である。そう考えると身近に感じられるのではないか。
自分の物語に、多くの人が共感し理解してくれるようなエッセンスを取り込むために、実は古典的なヤクザもの・仁侠ものは役に立つ。その最初の一歩として本書はかなりお勧めできるのだ。

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『関の弥太ッぺ』 honto 紀伊國屋書店


【執筆者紹介】榎本海月(えのもと・くらげ)
オタク系ライター、ライトノベル編集者。榎本事務所に所属して幅広く企画、編集、執筆活動に従事。共著として『絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。ネット小説創作入門』などがある。
2019年に新刊『この一冊がプロへの道を開く!エンタメ小説の書き方』『物語づくりのための黄金パターン117』『物語づくりのための黄金パターン117 キャラクター編』(ES BOOKS)、『異世界ファンタジーの創作事典』『中世世界創作事典』『神話と伝説の創作事典』『日本神話と和風の創作事典』『ストーリー創作のためのアイデア・コンセプトアイデアの考え方』(秀和システム)を刊行。
2020年の新刊には『古代中国と中華風の創作事典』(秀和システム)がある。
PN暁知明として時代小説『隠密代官』(だいわ文庫)執筆。愛知県名古屋市の【専門学校日本マンガ芸術学院小説クリエイトコース】講師として長年創作指導の現場に関わっている。

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